親友の娘

2020/6/10
コウジ22 ヒロ23 カヅキ23

「辞めないよ」
 コウジの子供が生まれたあとの活動を気にかけた俺とカヅキに、コウジははっきりとそう言った。
 でも、という二文字の反論すら出させない目で俺たちを見る。まるで初めからこういう話をされるとわかっていたかのように。
 オバレとして事務所を独立するときに併設したスタジオは歌も楽器演奏もできるようにコウジが設備を選んだもので、俺のかつてのアパートがみっつくらいはすっぽり収まりそうな広さがある。もちろん完全防音だから大切な話をするにはぴったりだ。
「ふたりには、少し融通をきかせてもらうようにお願いするかもしれないけど……」
 そんなのはもちろん構わない。子供がいようがいまいが、互いを理解し合おうとする姿勢は三人で歩んでくる中でやり方を覚えていったことのひとつで、出会ったころに比べたらずいぶん上手くなっていると思う。
「なにも諦めたくないんだ。僕だってオバレが好きだからね」
 オバレの、俺たちのセンターはそう言って笑った。
 コウジはいろんなことを諦めなかった。エーデルローズの経営が窮地に瀕したときも、俺がプリズムキングを諦めてしまったときも、コウジは決して諦めてはいなかった。今も同じだ。
「だめかな?」
「まさか」
「んなわけねーよ」
 カヅキと同時に否定すると、コウジは薄い唇をコンパスで描いたみたいな半円のかたちにして目を細めた。
「ありがとう」
 蜂蜜色の視線がスタジオに置いてあるギターやピアノを見渡して、また俺とカヅキを見る。
 俺たちにはただ楽器にしか見えないけれどコウジには楽器の奏でる音が聞こえているのかもしれない。まだ世に出ていない新しい音が、歌が、声が。
「オバレの仕事が一番自由なんだ。どんな仕事だって面白さはあるけど……一番、なんでもできるから」
「そうなのか?」
 俺にはそういう認識はないから意外な言葉だった。たとえばストリート系の要素をショーのあいだずっと全面に出すことはしないし、コウジだって初めからアイドル的な振る舞いをしていたわけではない。俺がやっていたステージングにふたりが加わってくれて、少しずつ彼らの味つけをしたというのが素直な見方だろう。
 けれどコウジは当たり前のように言った。
「だって、どんな歌を作っても歌ってくれるだろ?」
 なるほどそういう視点であればそうかもしれない。もちろんコウジは俺たちに合った歌を作ってくれるけど、そこにいわゆるクライアントの意向のようなものは存在しない。三人のことは三人で決めるからだ。
「ああ……どんな衣装も着るしね?」
「あ、あんまり妙なのはやめろよな!」
 ちらりと視線を向けてみせれば、今までにコウジがデザインしてきたさまざまな衣装を思い出したカヅキが肩で反応して身構えた。オバレがカヅキの本来のポジションとは違うことをやっているのはカヅキ自身もファンのみんなもわかっていて、でもカヅキもどうしたってオバレが好きなのだ。もちろん俺だって。
 コウジはくすくすと愉しげに笑っている。彼の背後に置かれている赤いギターは、ときどきなにものにも打ち克つ特別な武器のように見えることがある。
「歌ってほしい歌がたくさんあるんだ。辞めるわけにはいかないよ」
 こんなにも心震える言葉をコウジはさらりと言ってのけた。
 夢のような未来だ。まだ世に出ていない新しい歌で俺たちはステージに立ち続ける。コウジに子供が生まれても、なにがあっても、ずっと。

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