親友の娘

2033/1/7

「紡ちゃんを引き取ろうと思うんだ」
 ミーティングという題目で家に来たカヅキにそう切り出すと、カヅキはぴくりと眉を上げて俺を見た。俺はペットボトルのミネラルウォーターを注いだだけのグラスをテーブルにふたつ置いて、できるだけ普段通りの笑顔を浮かべてみせながらカヅキの向かいに座る。
「あ、戸籍は変わらないよ。一緒に暮らすだけ」
 カヅキはグラスに触れない。
「……ヒロ」
「わかってる、カヅキの言いたいことはわかるよ。俺は子供を育てたことなんてないし、仕事だってある。ずっとあの子の面倒だけを見ていられるわけじゃない」
「わかってるなら、どうして」
 カヅキの声に問い詰めるような色はない。これが相談ではなく報告であることは伝わっている。いちど決めたたことを譲らないのはお互い様だ、コウジには敵わないけれど。
「……なにかせずにはいられないから、かな」
 目を伏せると、視界に映るものがカヅキの顔から手元に変わった。睫毛のあたりにカヅキの視線を感じる。
「コウジにつながる縁を失いたくないのかもしれない」
 口に出せばそれはとてももっともらしい真実のように聞こえた。
 嘘ではない。それだけが真実かというと、不十分な気もするけれど。
 カヅキは少し長い溜息をつくとグラスの水をひとくち飲んで、ひどく穏やかな声を出した。
「……昔、ずっと昔にさ」
 カヅキは不意に目線を窓のほうへ向けた。昔、を見ているのだろう。それは俺の知らない、知り得ないコウジの姿で、どうしようもないことだとわかっていても、コウジが死んだ今ですらたまらなく羨ましく感じるときがある。俺だってコウジにとって大切な存在のひとりでいられた自惚れくらいはあっても、彼の幼馴染になることは不可能だった。
「小学校のころにあいつの親父さんが事故で亡くなって……この話、コウジから聞いてるか?」
「いや、そんなに詳しくは」
「そうか。……コウジ、最初はもっと明るくて、それこそお前と仲直りしたあとと同じくらい明るかったんだ。それが親父さんが亡くなったあたりから少しずつ変わっていって……、ヒロとのこともあるだろうけど」
 改めて言われると胸が痛む。カヅキは俺を責めているわけではないから、ただ俺が勝手にそう感じているだけだ。
「紡もそうなっちまうんじゃないかって心配してる」
 カヅキはそう言ってもどかしそうな顔をした。言わんとしていることはじゅうぶん伝わってくる。
 紡ちゃんはコウジによく似ている。意志が強くて、愛情を知っていて、優しい。きっと周りの人間に気を遣わせまいとするだろう。それは決して彼女の欠点ではないけれど、まだ十二歳の子供が大人に対してそんな配慮をしなくていい、泣きわめいたって誰も咎めないのに紡ちゃんはそうしない。
 いくつになっても少年のような瞳が、わずかに落としていた視線を上げて俺を見た。
「俺が力になれることがあったら言えよ」
「ありがとう」
 少年の眼差しがじっとこちらを観察する。体調が悪いことを隠したときもこんなふうに探られたなと、何年も前の記憶が思い起こされた。
「なに?」
「俺はお前のことも心配だったんだけど」
 カヅキは当たり前のようにしれっとそう言って軽く肩を竦める。そんなポーズをしても顔は笑っていて、俺もつられてむずむずと頬を緩めた。
「紡がいるなら大丈夫かもな」
「なんだよ、それ」
「仲良くやれよ」
「言われなくても」

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