タイムトラベラー

十五年後に突然帰国してヒロのヒモになるコウジ

 コウジはあまりにも十五年前と変わっていなかった。そんなにも年月が経ってなお変わらないことなどありえないはずなのに、たった今作った料理を食べさせようとにこにこと笑うコウジの姿はヒロの遠い記憶と寸分変わらず、このアパートの部屋だけが過去へタイムスリップしたのかと錯覚してしまいそうになる。
 聞いたことのない長い名前の料理が机の上に所狭しといくつも並べられて、促されるままに口をつける。初めて食べる料理のはずなのにコウジの味がしてなぜだかひどく泣きたくなった。
「ヒロは今、何をしてるの?」
「エーデルローズでコーチをやってるよ。筋のいい後輩がたくさんいるんだ。みんな成長が楽しみだよ」
「そう。それはよかったね」
 コウジは何も話さなかった。ヒロの話ばかりを聞きたがり、この十五年間コウジがどんなふうに過ごしていたのか、何を考えていたのか、なぜ連絡が取れなくなったのかは、ひとつも話さなかった。話したくないのだろうと思うと、ヒロから聞き出すことはできなかった。
 食事を終え、空になった皿を重ねながら、コウジは改まってヒロに向き合った。最後に会った時よりもまた少し背が伸びただろうか。その時は結っていた髪も今は短く切っていて、まるで初めて出会った頃のようだった。エーデルローズの狭い箱庭で、互いだけを支えにして立っていたあの頃。
「それでね、ヒロに相談があるんだけど」
「相談?」
「こっちでの居場所がまだ決まってないんだ。よかったらしばらくここに置いてもらえないかな? 家のことは全部やるよ。ヒロの邪魔もしないから」
 実家に行けばお母さんがいるんじゃないのか、とは、言えなかった。こんな相談を持ちかけるということは、コウジはそれを望んではいないのだ。彼の望まないことを、どうしてヒロが口出しできようか。
「あ……ああ、そういうことなら、別にいつまででもいていいよ」
「ありがとう、ヒロ」
 コウジはステージ上のプリズムスタァのように微笑んで、それからすっと顔を寄せ、ヒロの頬に唇で触れた。ヒロには反応する暇もなく、何をされたのか認識しようとしても、頭がうまく回らない。
「なっ……」
「ああ、ごめん」
 ごめんと口にしながらも悪びれなく、コウジは首を傾けてヒロを覗き込む。蜂蜜色の瞳が至近距離でとろりと揺れた。
「向こうでずっとこうやって挨拶してたから、つい……嫌だった?」
 向こう。どうやらタイムスリップはしていないらしい。十五年分の時間はヒロにもコウジにも同じように流れていて、けれどその隔たりの先にこうしてふらりと、近所のコンビニへ行っただけのような顔で帰ってくるものだろうか。
 コウジが渡米してからずっと、彼のことが心配だった。顔を合わせるどころか連絡すらも取れなくなり、元気にしているのか、生きているのかと考えると胸が張り裂けそうだった。どこかで無事に暮らしているならもうそれでいいと思ったし、できることならまた会いたいとも思っていた。会って話をして、また一緒にいられたら。しかし夢にまで見た本人がいま目の前にいるというのに、ヒロの心は願っていたようには安らがない。まるでこの十五年間そのものがなかったことのように振る舞う姿に戸惑いを覚えながら、一方で帰ってきてくれた喜びもたしかに存在して、ヒロの思考と感情にノイズをかける。
 ヒロが言葉に詰まって生まれた沈黙を、コウジは容認と受け取ったようだった。
「よかった」
 心底そう思っているのだと伝わる声でそう言って、本当に、例えば朝起きておはようと声をかけるくらいの気安さで、コウジはヒロの唇にキスを落とした。

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