二人目

オカルトコウヒロ。決別中

「コウジ」
 弾む声に後ろから名前を呼ばれて、歩みを止めないまま眉をひそめた。忙しないひとたちが行き交う夕方の大通り、雑踏の中でもその声はマイクを通したかのようにはっきりと耳に届いた。まったく嬉しくはないけれど。
「やあ。どこに行くんだ? 公園は逆だろ?」
 彼は早足で僕の左側に並ぶと同じ速度で同じ方向へと足を動かした。誰なのかなんて最初の一声だけでわかってしまうのに、横から顔を覗き込んでくるから眩しいほどの金色の髪が嫌でも視界に入ってしまう。僕は顔をまっすぐ正面へ向けたまま動かさないように努めた。
「せっかくギターを持ってるのに弾かないのか」
 ヒロは僕の背負っているギターケースへ視線をやってそう言った。関係ないだろと言う気にもなれない。
「なあ、俺に歌をくれる気になった?」
 アイドルの時とは違う、意外と低いヒロの声が囁くように言った言葉に肚の底がかっと熱くなった。いったいどの口がそんなことを言えるというのか。
「……もう、取っていっただろ……!」
 ヒロが華々しくソロデビューしたのはつい先日のことだ。見たくなくてもあちこちからヒロの話が聞こえてくる。僕の作った歌をひとりで歌うヒロの声も。
 僕の心境がどうであろうと『pride』はもはや名実共にヒロの歌だ。望むものを奪っていったのだからもう放っておいてくれたらいいのに、今でもヒロはこうして僕の前に現れる。
「まだだよ。あれだけじゃ足りない」
 まるで当然というふうにヒロは言う。
「俺にもっと歌をくれ。——お前も、」
 そこで僕は歩き続けていた足を止めた。
 ヒロの言葉に耐えかねたから、ではない。つい一拍前にヒロがなにを喋っていたのかも、頭の中から抜け落ちてしまった。
 ずっと正面を向いたまま駅へ向かっていた僕の視界には駅前の大型ビジョンが見えている。どこかのテレビ番組を流しているらしく、たくさんのライトが輝くスタジオの風景が見えて、その中に、いま隣にいるのと同じ顔が映っていた。
 右上にはLIVEの文字。「速水ヒロ、プリズムショー生披露!」というテロップが流れたあと、画面の中のヒロは寸分の無駄もない滑らかな動きでブレードを滑らせショーを始めた。
 目を奪われたまま動けない。うまく呼吸のできない喉からひゅうと掠れた息が漏れる。
 軋む音のしそうな首をなんとか横へ曲げると、すぐそばに立っていたヒロはそれを待っていたかのように僕を見ていて、同じ人間とは思えない笑顔を見せた。
 そういえば、と頭の裏側でぼんやりと思う。ヒロはこんなにも連日あらゆるメディアに取り上げられるスタァなのに、今は帽子も眼鏡もつけていないのに、周りにはたくさんのひとがいるのに、誰もヒロに声をかけはしない。握手を求めに来るどころか、ヒロだと気づいて遠巻きに指をさすようなひとすらいない。ただのひとりも。
「……ヒロ……?」
「やっと名前呼んでくれたな」
 僕の背が冷えていることなど露知らず、ヒロは心底満足そうに頷きながらそう言った。

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