オバレ卒業後のヒロユウコウ
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『ユウ、明日の夜空いてる?』
夕食後にコウジからかかってきた電話で開口一番そう訊かれ、空いていると返したのはただ質問に答えただけだ。それ以上の意味はなにもない。
『じゃあ迎えに行くからライブハウスにいて』
「は?」
『夜は寒いからマフラーを忘れないでね』
通話はそれで切れた。
忙しいのか言う気がないのかはわからないが、この様子ではかけ直してもどうせたいした会話はできない。ユウはひとつ短く溜息をつくとクローゼットに目をやった。今年はまだマフラーを出していないけれど確かにそろそろ朝晩は寒くなってきたし、夜に出かけるなら使ったほうがいいかもしれない。
ユウは赤いタータンチェックのマフラーを取り出して鏡の前に移動するとマフラーを首まわりにあてた。鏡に映る口元はむずむずと緩んでいる。
翌日の夕方、予告通りコウジはラッキースターに現れた。マフラーを巻いて出てきた姿にコウジは満足そうに頷いて、通りに停めてあった車にユウを誘導する。
「それ、あったかそうだね」
「夜は寒いからな」
「そうそう」
当のコウジはマフラーを巻いてはいなかった。車に置いているのかもしれない。
コウジの車には何度か乗ったことがある。ユウはいつも通り後部座席のドアを開け乗り込もうとして、蛙が潰れたような声を出した。
「げ、ヒロ」
「やあ。寒いから早く入って閉めて」
後部座席の先客はカメラの前にいるような笑顔でさらっと言った。寒いのは本当だからとりあえずは言われた通りにしてドアを閉めると、外の音や空気が遮断されて車の中は三人だけの空間になる。
コウジはアクセルを踏み込んで滑るように車を走らせた。
「それで、これはどこに行くんだよ?」
そろそろ教えてくれてもいいだろう。コウジの後頭部とヒロの横顔を交互に見ながらユウが訊くと、振り向いたヒロと目が合った。
「聞いてないの?」
「コウジ、迎えに来るとしか言わなかったから」
「じゃあ秘密にしておこう」
「なんだよ、それ!」
「楽しいことはサプライズのほうがいいだろ?」
なにか楽しいことがあるらしいとわかっている時点でこれがサプライズと言えるのかユウには判断しかねたが、いまさら引き返すわけにもいかない。別に引き返したいわけでもない。
「……仕事とか忙しいんじゃないのか?」
コウジとヒロに会うのは久しぶりだったけれどテレビでは毎日のように見かけている。それはそれだけの仕事を、大学に通いながらこなしているということだ。揃ってユウを構う暇があるものだろうか。
返事は運転席から返ってきた。
「さっきまでふたりで撮影だったんだけど、夜はなにもなかったんだよ」
「そう、だからユウと出かけたいなって」
「……へぇ……」
どきどきと逸る鼓動に気づかれないようにと念じながらユウは車のシートに深く座り直す。車は心地よい振動を響かせたまま、高速道路のゲートをくぐり速度を上げた。
冬の日は短い。車に乗ったときにはオレンジに染まっていた空は高速道路を走るあいだにどんどんと色を濃くし、あたりは暗くなってゆく。家々や並走する車たちが灯す明かりが星のように煌めいて、夜の闇を払おうと躍起になった。
目的地がわかったのは高速道路を降りて、駐車場に向かっているときだった。表記されているのはテーマパークの名前。
「……あ……!」
地上の星の明かりを映したユウの瞳が見開かれた。その様子を見てヒロが満足げに口の端を上げる。
「その反応が見れたら成功かな」
「だね」
「なんで……」
「チケットをもらったんだ。昼に来て騒ぎになるのも困るし、夜の遊園地も悪くないだろ?」
「……カヅキは?」
コウジとヒロが遊びに行くのに誘うとしたらユウよりもカヅキのはずだ。急に居心地の悪いような気持ちになって訊くと、ヒロは長い睫毛を重ね合わせてぱちぱちと瞬きをしたあと、ぷっと吹き出した。
「あは、ユウ、気にしてるの?」
「な、なんだよ……!」
「カヅキもカヅキで忙しいんだ。それにユウを連れて来たかったのは本当のことだから、気にしなくていいよ」
係員の誘導に従って駐車場の中をゆっくり運転していたコウジが、停まる場所を見つけてシフトレバーに手をかける。後方確認で振り返るとユウと一瞬目が合った。
「マフラー忘れないでね」
すっかり日の暮れた園内は暗く、ヒロの言った通り気づかれて騒ぎになることもなかった。コウジは眼鏡をかけていたしヒロはこれも変装だと言いながらキャラクターの耳を選んで、同じものをユウの頭にもつけさせた。それが本当に変装として意味があったかどうかは、ユウにはよくわからない。そもそもここへ来ているひとたちはみんなこの世界に没頭するのに夢中で、まさか隣にオーバーザレインボーの神浜コウジと速水ヒロがいるなんて思い至らないのだ。
アトラクションに乗って、パレードを見て、レストランに入り、ショップを見て回って、周りに負けじと満喫していたら閉園時間まではあっという間だった。パークを出るひとの流れに紛れ込みながら三人も出口へ向かう。
「あー、楽しかったー!」
「それはよかった」
はぐれるといけないからと若干気にさわる理由をつけて、コウジとヒロはユウの両隣に並んでいる。
その長身の向こうを見るように、ユウは来た道を何度も振り返った。同じように帰路につくひとたちの楽しそうな笑顔が見える。空間には、クリスマスを意識したアレンジの曲が鳴っていた。
「どうしたの?」
「帰りたくねーな……」
夢のような世界を彩るネオンの眩しさはプリズムの煌めきに似ている。きらきらと輝いて、大勢のひとを惹きつける。もう出て行かなければ、帰らなければいけないことはわかっていても名残惜しさはどうしようもなかった。楽しいことから離れるのはいつだって寂しい。
後ろ髪を引かれる思いになりながらそれでも顔を正面に戻すと、すぐそばにふたりの顔があった。思いがけない近さにぎょっとしながらも至近距離で見る顔はどこまでも整っていて、そういえばこいつらアイドルなんだったと忘れかけていたことを思い出す。
「え?」
「可愛いこと言うじゃないか」
「そんなこと言われたら……ねえ?」
「な、なんだよ」
なんの示し合わせもしていないはずなのに、コウジとヒロは同時に身体をぎゅっとユウへ寄せた。こんなふうにじゃれているひとはこの場所にはたくさんいるのに心臓が跳ねるのを抑えることができない。冷えた耳元に両側から囁かれてそこだけ体温が上がった気がした。
パークのゲートが見えてきた。あれをくぐればこの世界は終わりで、駐車場に停めてあるコウジの鉄の馬車でユウたちは現実に帰らないといけない。
コウジはユウにくっついたまま、眼鏡の奥の瞳を意地悪そうに細めた。
「このまま泊まりに来る?」
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