恋した、

シンヒロワンドロのお題「恋した」

 プリズムショーの経験もないままエーデルローズにやってきたシンに対し、先にいたメンバー皆が面倒をみてくれた。寮生活も、レベルの高い華京院での勉強も、プリズムショーも、シンをサポートするようにして気を遣ってくれる。
 プリズムショーの先生はヒロだった。聖に見初められた才能があるとはいえ、シンの技術は未熟で、当然ヒロには遠く及ばない。基礎的な訓練の量や経験ではエーデルローズの誰よりも下だ。少しでも早く追いついて肩を並べたいと毎日リンクで練習していたら、それを聞きつけたヒロが見にきてくれるようになったのだ。
 自身もプリズムキングカップに向けて練習を積んでいて、決して暇ではないはずなのに、シンがリンクにいるとなにかと世話を焼いてくれる。申し訳なく思いつつも、素直に嬉しかった。ヒロはシンがプリズムスタァを目指すきっかけになった人だ。あの日オーバーザレインボーのライブを観た時は彼らのことを知らなかったが、ライブを観て、周囲がどういう評価をしているのかを知った今、その当人であるヒロに指導をつけてもらうことはこの上ない贅沢だと思う。ヒロの行動に応えたい。今は未熟でも、いつか並んでショーをできるくらいに、力をつけて魅力的なプリズムスタァになりたい。そのためなら慣れない練習も頑張れる。
 プリズムショーにはもちろん技術が必要だ。美しい滑走も安定したジャンプも、いかなるときもミスなく行うためには日々の積み重ねが欠かせない。だが技術でない部分も重要になるのが、プリズムショーの難しくも面白いところだ。
「ファンのみんなに恋をしてもらうくらいの気持ちでいないと。自分はみんなに恋をするし、みんなも自分に恋をする。そう、両想いになれたら、きっとすばらしいプリズムショーができるよ」
 ヒロのアドバイスはたまにシンにとってひどく難解だった。言わんとしていることはわからなくはないが、それを自分が実行できるかというと自信がなくなってしまう。
「恋、ですか……」
「そう。もちろん全員と恋人同士にはなれないけど、ショーの間だけでもみんなにきゅんきゅんしてもらうんだ」
 そんなことができるのだろうか。ヒロはできているからこそあんなにも大勢のファンが慕ってくるのだろうが、シンにとってはスピンやジャンプを覚えるよりもずっと難しく感じる。
 黙り込んでしまったシンを見て、ヒロが小さく笑った。
「シンは? 初恋のとき、どんなだった?」
「は、初恋って」
 思いもよらない質問に言葉を失ってしまう。ヒロはにこにこと穏やかな笑みをシンに向けていて、冗談などではなく返事を待っているのだとわかった。
「……わかりません。したことがないんです」
「そっか」
 このアプローチでは伝わらないと悟ったヒロが、首を捻って別の方法を探そうとする。それを見て、ヒロが何かを言う前にと咄嗟に言葉がこぼれ落ちた。
「ひ、ヒロさんはどうだったんですか?」
 前のめりの声は少し震えて、シンは自分で言ったはずなのに驚いた。なにを訊こうとしてるんだ、と内心で責めても、言葉はヒロに届いたあとで取り消せない。
「あ、……ヒロさん、その」
「初恋はね」
 ヒロは静かに言った。シンに教えるというよりは、独り言のようだった。
「実らなかったんだ。失恋したんだよ」
 そう話すヒロの横顔はいつもよりもずっと大人びて見えた。三つ年上の先輩というだけでシンにとっては手の届かないほど先にいるように見えるのに、ヒロはただの高校生ではなく、トップアイドルのプリズムスタァなのだ。シンの知らない恋をして、失恋して、その間もずっとプリズムスタァを続けている。目の前にいるのが信じられないほど、急に遠くに感じた。
「でも、嫌な気持ちじゃなかったよ。その人のためならなんでもできると思った。自分にできることは全てやりたい、自分はどうなっても構わない、見返りもいらない。俺は俺にできることをやって、その人のためになれた。だから、それでいいんだ」
 けれど続けられた言葉の中には、シンにも覚えのある気持ちがあった。できることはやりたい、相手のためになりたい。もちろん自分のためでもあるけれど、自分のためだけではない。
「それって、まるで、」
 ──僕がヒロさんに思っていることみたい。
「シン? どうした?」
 言いかけて口を噤んだシンをヒロが訝しむ。当然だ。だがなにも取り繕えないまま、じっとヒロの顔を見つめることしかできなかった。顔が熱い。たった今認識したことが信じられなくて、そうかもしれない、と、本当にそうなのか、が頭の中でぐるぐると走り出す。心臓がばくばくと急かすように鳴って、ヒロに聞かれたら恥ずかしい、と見当違いなことを思った。
「……え?」
 ぽかんと開いたままの口から出たのはそれだけだった。こんなふうになるのは初めてだ。初めての、
「えっ…………?」

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