be in beer

ユウ→コウ思考実験。ユウ20歳

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 コウジの出してきたビール瓶には見たことのないデザインのラベルが貼られて、読めない外国語が書かれていた。ユウが成人してから何度かビールを飲む機会はあったけれど、これまでに飲んだことのない味がした。苦いのに飲みやすくて、飲みやすいのに舌のうえに味が残る。飲むペースと足並みをそろえて次々に供される小皿料理はどれも相変わらず美味しくて、異国のビールによく合っていた。
 考えてみればふたりきりでこうして酒を飲むのは初めてかもしれない。だから少し、浮かれてしまったのかもしれない。自分があまり酒に強くないことは二十歳の誕生日に知ったのに、飲むのをやめたら帰らなければならないから、ユウはグラスから手を離さなかった。酔いの回る自覚はあったけれど構いやしなかった。どうせここにはコウジしかいない。
「おれ……おれは、」
 舌がいつもほどうまく回らない。喋った息からアルコールが香って鼻の奥をつんと刺した。酔った身体の体温が上がって、最近髪を短く切ったコウジの首元がやけに涼しげに見える。
「……コウジが好きだった」
 言葉がぽろりと落ちて、しまった、と、もうどうにでもなれ、を同時に思う。伏せていた瞼を恐る恐る上げると、コウジは左肘をつき手のひらに頬をのせてまっすぐにユウを見ていた。行儀の悪い姿勢は珍しい。彼も少しくらいは酔っているのかもしれない。
「ユウのこと好きだよ」
 コウジはまるで当たり前のように言った。朝ごはんはフレンチトーストだよと言う時と同じ声だった。
「だから家族になれて嬉しい」
 そうして疑う余地のない微笑み方をする。薬指にまだ新しいプラチナが光る。
 考えうる最も近い関係になって、それはもう何年も前から決まっていたも同然で、見方によってはあの速水ヒロよりも彼に近い位置にいるのに、得られない欲はずっと得られないまま残るのだった。
「ずるい」
「ごめんね」
「……一回だけキスしてもいい?」
「だめ」
 この優しい義兄ならば、一回だけね、と受け入れてくれるかもしれないという淡い期待はばっさりと切り捨てられた。今更落ち込む道理もない。ただユウが触れられないというだけ。
「キスしてもいいことないだろ」
 コウジは少しだけ中身の残っていた瓶をユウのグラスへ傾けた。断る隙もなくて、ユウはそれをやけくそのように一気に飲み干す。
 許されなかったキスの代わりにこの味を記憶してしまうのだろう。もう一生このビールは飲まない、と思った。

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