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世界を白いヴェールで覆い隠すように、しんしんと雪が降り続けている。
積もるほど降るのは珍しい。見慣れているはずの庭も一面が白に染まれば別世界のようだ。太陽こそ出ていなくても、雪の色があるから曇りの日より明るく感じる。彩度の低い景色の中で、椿の花弁が差し色のように鮮やかだった。
縁側でしばらく外を眺めていたら、それに気づいたのかそれとも予測したのか、静馬がやって来た。
「そんな薄着で。風邪を引いたらどうするんですか」
「大丈夫だよ」
「せめてマフラーを」
そう言う静馬もマフラーなど巻いてはいないし、部屋着にコートを羽織ったようなちぐはぐな格好をしている。諏訪邸の塀の外では見せない姿だ。
「静馬くんもこっちにおいでよ。ここから見るのが一番美しいんだ」
そうなるように静馬の父親が作った庭だ。せっかく雪が降っているのだから、雪化粧した光景を見なければもったいない。
座っているすぐ隣をとんとんと叩くと、静馬がそこに腰掛けた。コートを脱ごうとするのはやめさせる。静馬に風邪を引かせたいわけではない。
怜治と同じ目線で庭を見て、静馬が小さく溜息をついた。薄い唇から白い息が吐き出されて消える。静馬にとっても見慣れた庭ではあるけれど、この冬に雪が積もるのは今日が初めてだから、彼も初めて見る景色のはずだ。
これを見て静馬はなにを思うのだろう。いつか自分が手入れをする日のことでも考えているのかもしれない。怜治のために整えられた庭は、きっとこの世のどの場所よりも美しく、心地が好いに違いない。
びゅうと強い風が吹いて、地面に落ちかけていた雪が舞い上がった。それは縁側にまで吹きつけて、全身の体温を奪おうと躍起になる。
「……さすがに寒くなってきたな」
「それはそうでしょう。部屋に入ってください」
「静馬も」
帰ろうと立ち上がってしまう前に、捕まえるように手を握る。ふたりとも同じくらいに冷えていて、感覚はよくわからなかった。
暖めてあった部屋は外の寒さが嘘のようだ。氷が溶けてゆくように、冷え切った肌がじわじわと体温を取り戻す。
「あーあ」
コートを脱いだ静馬の肩口に頬を擦り寄せる。鼻先に触れる首筋はそれでもまだ冷たかった。
「静馬がアイドルじゃなければ跡つけたのに」
「四月まで待ってください」
静馬の反応は淡白なくせに具体的だった。大きな手で頭を撫でられて、なだめられているのか誘われているのか判断しかねる。
「四月になったらいいの?」
「お好きなように」
三月に、八代目ギャラクシー・スタンダードの卒業公演が行われる。それが終われば高校を卒業し、アイドルでもなくなる。静馬は芸能活動に未練などまるでないと言って、四月からはなんの仕事も入れていなかった。
「静馬くんさ、俺が言うことじゃないだろうけど、そういうところどうかと思うよ」
「嫌か?」
「まさか」
芸能活動だとか、大学生だとか、そんなことは瑣末な話だ。
ストライドやギャラクシー・スタンダードに静馬を付き合わせてしまったと考えていた時期があった。けれどそれは後悔すべきことではなかったし、怜治はそんなものよりもっとずっと欲深かったのだ。
付き合わせたかったのはストライドや芸能活動ではない。怜治の人生にこそ静馬を付き合わせたかった。本当に欲しかったのはそれだけで、他のものはすべて結果としてついてきただけだ。
怜治は跡が残らないように、静馬の鎖骨を甘く噛んだ。
「愛してる」
俺の静馬。
同人誌あとがき
自分の中の静馬と怜治をどうにかしようと思ったらこうなりました。どんなかたちであれ一生を共に過ごすのだろうと何の疑問もなく思えるから静怜はすごい/ふたりが買い出しに行ったスーパーは紀ノ国屋、アイスはPALETAS、練り切りは美鈴です。鎌倉、あらゆる場所で静怜の幻覚が見える。
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