シュワルツローズ所属神浜コウジ

キンプリ後キンプラ前のコウジと仁。コウジがシュワロ所属で出場するならprideの権利を返すと持ちかけてくる仁のif世界

 クリスマス前からニューイヤーまでロスの街を包み込んでいた華やかな雰囲気も、年が明けて一週間もすぎればさすがに落ち着いてきた。
 コウジの楽曲制作の仕事はすでに年末の続きを編みはじめている。曲を作るという根幹の部分は同じでも、その仕事の内容や進め方は今までに経験したものとは違って、現地にいることの意味は日に日に重みを増していた。作曲だけなら日本にいてもできるが、この環境がなければいま作っている曲は生まれなかっただろう。
 ハリウッドでの仕事は新鮮で刺激的だ。だがここはコウジの骨を埋める終の場所ではない。ステップを踏み続ける道の途中に立ち寄っただけで、その先には行くべき別の場所がある。
 だからできる限り早く終わらせたかった。自身の出場は叶わなくても、行って観るべき大会が冬の通りすぎるころに待ち構えている。今回の契約と同時に用意されたアパートは広く防音も十分で、部屋にひとりでいる時間にも作曲を進めることができた。
 デスクに向かい、渡されているスクリプトと作りかけの譜面を何度も交互に見比べる。顔を上げれば壁に貼った映画のイメージボードがコウジの創造を後押ししようと視界を埋めた。少し離れた位置にあるブラインドの隙間からは、夜を煌々と照らす店々のネオンの光が射し込んでくる。
 防音の行き届いた部屋には外の音も当然届かず、コウジが機材を操作する音と短く再生される作りかけの曲以外に聞こえてくるものはない。
 そんな中、机の端に追いやっていた携帯端末が不意に着信音を鳴らして、コウジは瞳だけを動かしてそちらを見た。渡米してからも定期的に電話をくれるひとは何人かいるが、ディスプレイに表示されているのは数字の羅列で、その向こうにいる人物の名前はわからなかった。映画スタッフの誰かだろうか、こんな時間に電話をかけてくるということはおそらく緊急の用件なのだろうと当たりをつけて、通話アイコンをタップする。
 着信音が途切れ、やや間があってから聞こえてきたのは予想に反して日本語だった。
 低音というほど低くはない。声だけについて言えば穏やかで耳心地のいい男性のそれ。
『こんばんは、神浜コウジくん』
「…………」
『私が誰かわかりますか?』
「……わかりますよ。法月仁さん」
 絞り出した声が震えなかったか、コウジには判然としなかった。国際通話のせいだと受け流されていればいいが。
 一体どこでコウジの連絡先を調べたというのか、いくらでも手段はあると言外に伝えられているようで背筋が冷える。
 仁はコウジの反応には特に触れず話を続けた。
『いま少し時間をもらえるかな。きみにひとつ、提案があるのですが』
「…………どうぞ」
 こんな、よりにもよってこんなときに連絡をしてきて、まともな提案であるはずがない。
 仁とこうして会話をしたことなどほとんどなく、もしかしたらエーデルローズの入学面接以来かもしれなかった。一般の生徒が理事長と話す機会などないし、それ以降はもってのほかだ。
 けれど彼の人となりなら嫌というほど知っている。こんなふうに持ちかけてくるというのは、彼にとって益のある話だということ。
『きみの曲──速水ヒロの『pride』ですが』
「あなたがまた奪っていったのは知っています」
『そうですか、それなら話は早い』
 音声のみの通話だから当然顔は見えない。だがコウジは、ヒロも来たことのないこの異国の部屋で仁と対峙しているかのような気分になった。目の前に腰掛けた仁が悠然と口の端を上向ける様子が思い浮かぶ。元プリズムキングの青い瞳は、いつも獲物を狙ってぎらぎらと輝いている。
 コウジの渡米後しばらくして、『pride』はエーデルローズが抱えた借金の抵当の一部として仁の手に渡った。可能性として起こりうることではあったからその一報に動揺することはさほどなく、それよりもヒロの様子が気がかりだった。
 ヒロは、次に王冠を戴くべき彼は、『pride』を歌うと言った。それなのに奪われてしまった。通話の向こうにいる人物に。
 仁はマスコミのインタビューに応えるときの明るい口調で言った。
『あの曲は返しましょう』
 あまりにもさらりと言い放たれ、聞き逃してしまいそうになるほど。
「……僕になにをしろと言うんですか」
 なんの代償もなく、仁が取り上げた権利をみすみす返すとは思えない。そもそもあの歌を作ったのはコウジで、ヒロに渡したのもコウジなのだから、仁が奪ってゆくのは全くの横槍なのだが、そんな一般論で太刀打ちできる相手ではなかった。
 仁はすこしだけ発声をやめる。コウジの反応を窺うように。それからコウジの無言を汲み取って、先ほどよりもやや低い声で命じた。
『プリズムキングカップに出場しなさい。シュワルツローズの所属選手として』
 そういうことかとコウジは天を仰いだ。白にかすかなオレンジが溶けた淡い照明は希望の光には程遠い。大きな溜息をつきそうになって、それが仁に聞こえてしまうのは癪で飲み込んだ。
「あなたは僕のことなどどうでもいいのかと思っていましたが」
『きみには才能があります。私も認めるほどのね』
 かつてヒロに言われたのと同じ言葉のはずだが、まったく驚くほど響かなかった。言葉の意味というのはそれそのものが含有するのではなく、発した人物や受け取る自分との間に生まれるのだと痛感する。
 コウジにはヒロやカヅキとユニットを組んで肩を並べるだけの力はある、それは過信ではなく事実としてそうであるはずだ。
 だが仁がいま言っているのはそういう力ではない。
 仁がコウジに求めているのは、きたる大会においてヒロを倒す力だ。ヒロは名実ともに国内のトッププリズムスタァであり、誰もが当然のように次期プリズムキング候補の筆頭に挙げている。仁にとってはさぞ不愉快であることだろう。
 もちろんシュワルツローズにも実力のある選手は大勢いるが、ヒロに対し精神的に揺さぶりをかけることを考えるなら、コウジに白羽の矢を立てるのは敵ながら呆れるほど有効な手段なのだった。
『きみにとっても決して悪い話ではないのでは? あの曲で速水ヒロが出場するのはきみも望むところでしょう』
 仁があの曲とコウジとヒロについてなにを知っているというのか。これまでに起きたことすべてを知っていたとしても自分の感情までは渡さない。
 コウジが返事をしないのを、仁は了承と受け取ったようだった。
『大会に必要な曲も衣装もこちらで用意します。きみはただ出てくれればいい』
「曲は結構です」
『おや、映画の契約は問題ないと?』
「まさかストックがないとお思いですか?」
『……いいでしょう。必要なものがあれば用意させますから連絡するように』
 プリズムスタァとしてのコウジはプリズムキングの座に拘泥はない。エーデルローズの現状を鑑みて、出場できないならばそれまでだと思っていた。
 いまさら出たくて仁の話に乗るわけではない。シュワルツローズの看板を背負うことで非難も浴びるだろう。そうやってコウジの立場が悪化するよりも、ヒロが自分の歌で出場するほうを選ぶ、それだけだ。
『移籍に手続きが要りますが、聖には私から話しておきましょう。きみの手を煩わせるまでもない』
「断っておきますが、移籍は大会が終わるまでです」
『構いませんよ。こちらとしてはきみに大会に出てもらうのが目的なのでね』
 おそらく大会で最後に演技をするのはヒロになるだろう。仁のシナリオではコウジの演技によってヒロは十全な力を出せなくなりキングの座を逃すようだが、コウジのシナリオに出てくるヒロとは違う人間のようだ。
『ああ、もちろん、他の人間を勝たせるためにわざと手を抜くようなことは許しませんよ。シュワルツローズのスタァとしてステージに立つ以上、完璧な演技を披露してもらわなければ』
「ええ、わかっています」
 コウジの演技の出来不出来はヒロの結果に影響しない。──コウジの思い描いているシナリオでは。
『口約束で反故にされては困りますから契約書を送りますが……そちらに押印の文化はないのでしたね』
「サインして返しますよ。それで十分でしょう」
『よろしい。では詳細は追って。そちらでの仕事の成功を祈っていますよ』
「……それはどうも」
 清々しいほどの社交辞令に適当な相槌を返すと、仁はそれで満足したのか、通話はあっさりと切れた。
 部屋の中の様子は電話が来る前と変わらない。作りかけの譜面、隙間の空いたブラインド、日本とは違って、冬でも雪とは無縁の空。
 コウジは端末を元あった位置に置くと、曲の続きを見つける作業に戻った。

 一人またひとりと演技が進む。
 プリズムキングカップの会場が破壊され、そして再生してゆくのを、そのステージで出場選手たちが代わる代わるプリズムショーをするのを、ヒロは舞台袖から見つめていた。
 シュワルツローズから突然『pride』の権利放棄を通達されたときは驚いたが、ヒロにとっては願ってもいないことだった。この歌をなんの憂いもなく堂々と歌えるのならなによりだ。
 ハリウッドに会いに行ったときはさんざんな展開になってしまったけれど、止まりかけた足をまた進めることができて今ここにいる。なにより、場所は離れていてもヒロにはコウジの歌がある。それだけで他のノイズなどとるに足らないと思えた。
 振り付けもジャンプの構成も歌に合わせて調整してきた、あとは名前を呼ばれたらそれを完璧に披露するだけ。ヒロの名前が呼ばれるまでに残っている選手の数は片手で足りる。それまでこのプレッシャーをやり過ごせばいい。
 司会者が発声のために息を吸った短い音すらマイクが拾って、スタジアム内に響かせた。
「続いてのシュワルツローズ所属選手は都合により棄権のため、予定を変更して別選手の演技となります」
 出場直前になって棄権というのは滅多にないが、全くない話でもない。そのまま次の選手に移らず別の選手を出すというのは仁が強行したのだろう。
 誰が出るのだとしても事前にエントリーしていた選手ほど脅威ではない、そう思ってステージへ向けたヒロの目が、現れた選手の姿を認めて見開かれる。
 そんなはずはない、だが、見間違えるはずもない。
「それでは、シュワルツローズ所属、神浜コウジ選手の登場です!」

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