同じ内容で視点を変えるのをやってみたかった。前半はモブ視点、コウヒロに対する夢小説みたいになった

 その姿を認めた瞬間、ひゅっと声にならない悲鳴が喉から漏れた。
 あたしにはわかる。帽子を被っていたって、太いフレームの眼鏡をかけていたって、目の前にいるのはオーバーザレインボーのヒロ様とコウジだ。なんたってあたしはクラスで知らない者はいないくらいのオバレのファンなのだ。黄薔薇の友達にオバレ結成ライブに連れていかれて以来すっかり彼らの虜になって、一年以上ずっと寝ても覚めてもオバレのことばかり考えている。ライブに行きたいからバイトを増やしたしお母さんに文句を言われたくないからテストだって頑張って成績が上がった。これもオバレのおかげだ。
 初めて行ったライブは一階スタンド席だった。その次は二階スタンド席で、全部で十回以上ライブには行ったけど、一番近かったのはアリーナの十五列の時だった。
 そんな距離でオペラグラスにかぶりついて見ていた三人のうちふたりが、今、目の前にいる。学校帰り、バイト先のカフェに向かう夕方の電車で。あたしが座っている長い座席の端の真向かいに、ふたり並んで座っている。
 全身がぶるりと震えた。手のひらいっぱいにどっと汗をかいて、アリーナ席が当たった時よりも遥かに心臓が高鳴っている。というか高鳴りすぎて寿命が十年くらい縮んでいるんじゃないかと思う。
 ヒロ様は鍔のある帽子を目深に被って眼鏡をかけて、少し俯くようにしていたからすぐにはわからなかった。でも隣の長身の男が、電車のドアと同じくらい背の高い、長い黒髪を結んだ男が、帽子も眼鏡もかけずに隣にいるから彼が誰なのかなんて一発でわかってしまった。コウジが変装する気ないって噂本当だったんだ。マスクをしているけれど、あれが変装や喉を守るためなのかどうかは怪しい。花粉症なのかもしれないし。
 とにかくそうやってコウジがいることに気づいた瞬間隣の帽子の男がヒロ様なのもわかってしまって死ぬかと思った。目をすごい勢いで動かしたけど、ふたりの近くにも車両のどこにもカヅキの姿はなかった。ちょっと残念。いや、ヒロ様とコウジを見れただけでも一生分の運を使ったんだけど。
 これが真横にいるなら来世分までの勇気を振り絞って声をかけることができたかもしれないけど、車両の向かい側に届くほどの声を出す気にはなれない。快速の電車はもうしばらくは止まらずにがたがたと遠慮のない走行音をたてて走り続けるはずだし、立ち上がって近づくのも不自然だ。迷惑にはなりたくないし。だいたい見ているだけで頭がくらくらして、立ち上がったら倒れてしまいそう。ていうか芸能人がこんなに普通に電車に乗ってていいの?
 あんまりじろじろ見るのも失礼だとわかっていても視線を外すことができなかった。瞬きすら惜しかった。ふたりは顔を見合わせてなにか話しているようだったけど、声は聞こえない。永遠に見ていたい。その場合、できれば次の駅でカヅキも乗ってきてほしい。
 永遠に化石になってしまったかのようにじっと息を潜めてふたりの姿を見ていたら、ヒロ様のほうへ向いていたコウジが不意に顔を正面へ向けた。真正面へ。つまりあたしのほうへ。あたしはもちろん、その時もずっとふたりを見ていたから、つまり、言い逃れできないくらいばっちり目が合ってしまった。
 コウジは当然あたしが見ていることに気づいただろう。固まったまま静かにパニックになっていたら、コウジが顔をヒロ様へ近づけた。長い首が見える。コウジはマスクの上に指をひっかけて少し下ろすと、ヒロ様の耳元になにかを言った。
 するとヒロ様は屈めていた背筋を伸ばし、顔を上げた。帽子の鍔の下、眼鏡の向こうに、ライブでテレビでネットで雑誌で何度も何度も何度も見たトパーズの大きな瞳が見えた。間近で見るヒロ様は今までに見たどんな写真よりも顔が小さくて目が大きかった。その目でまっすぐにあたしを見た。
 あ、いま死ぬのかも。
 ヒロ様は大きな瞳をちょっとだけ細めて笑うと、口元に人差し指を立てて、シーッ、と子供を黙らせるような仕草をした。
 本当にもう今すぐに死ぬのかも。
 あたしが呆然としているのをよそに、ヒロ様はコウジを見てクスクスと笑っている。なにを喋っているのかはやっぱりわからない。コウジはマスクを戻していて表情はあまり見えなかったけど、笑っているのはわかった。
 電車はゆるやかに速度を落とし、駅のホームに滑り込む。ドアが開くのと同時にふたりは立ち上がった。あ、ここで降りるんだ。仕事かな。なんの仕事だろう。いつ見られるのかな。見られたとしても、つい今しがたの光景はもう二度と見られない。写真にも映像にも残らない。あたしとふたりだけのもの。
 ヒロ様は電車を降りる瞬間ちらっとあたしを振り返って、手を小さくひらひらと振ってくれた。もう死んでもいい。コウジはそういうことはせずに、ヒロ様の腰をそっと押して急かすように降りていった。
 ふたりのいなくなった電車が、停車した時と同じようにゆるやかに走り出す。相変わらずお尻を椅子と同化させたまま、やっぱり本物だった、と今更実感した。コウジがヒロ様の腰を抱くの、ライブで死ぬほど見たから。
 電車がトップスピードになった頃ようやく身体の強張りが解けたので、オバレ結成ライブに連れていってくれた例の友達に慌ててメッセージを打った。今ヒロ様とコウジに会ったよ、ほんとだよ。オバレに出会わせてくれてありがとう。世界が輝いて見えるよ。七夕ライブ楽しみだね。

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