三人揃っての収録は夜からだった。カヅキは高架下へ寄ってから行くと言って、学校を出ると別行動になった。
コウジとヒロは夜まで仕事も他の用事もなく、一旦寮に戻って私服に着替えるとスタジオへ向かった。タクシーを呼んでもよかったけれど、電車を使うことにしたのは単に時間があったのと、なんとなくゆっくり行きたかったからだ。
寮を出て一分足らずで、コウジがへぷしゅと間抜けな音をたててくしゃみをした。
「やっぱり車のほうが楽なんじゃないのか?」
「大丈夫だよ」
マスクの下から返ってきた声は少しくぐもっている。ヒロには花粉症のつらさはわからないが、目に違和感があったりくしゃみや鼻水が出たりするのがつらいのはわかる。けれどコウジが大丈夫と言うなら、ヒロがなにを言ってもきっと大丈夫といってきかない。
駅までゆっくり歩いて、特に必要もないのにコンビニに寄り飲み物を買って電車に乗る。夕方の電車は朝や夜ほどは混んでおらず、降りたひとが多かったせいもあって座席の端に座ることができた。ドアのすぐ横の席にヒロが、隣にコウジが座る。その隣には誰も座らなかった。
乗り換え駅までは二十分ほどある。歌のベースのように定期的なリズムで揺られるのは心地好い。
「明日宿題あったっけ?」
「明日はないよ。月曜に化学の小テスト」
「ああ、そっちか。最近授業出れてないから範囲見ておかないと」
「困ったらカヅキ先生を呼ぼう」
コウジもヒロも勉強が特段嫌いというわけではないが、得手不得手はある。三人の中で理数が得意なのはカヅキだし、教えるのも上手かった。
電車が二つ目の駅を出発してしばらくすると、コウジが声をひそめて名前を呼んだ。
「ヒロ」
今まで普通に喋っていたのだから改まって神妙な声で話しかける理由はひとつしかない。つまり、ちょっとした悪戯のようなもの。
コウジはヒロの耳元へ顔を寄せた。マスクをずらして、唇をゆっくり動かす。
「向かいの子、こっち見てるよ」
「え?」
言われ、ヒロは見つからないよう屈めていた背を伸ばし、顔を少しだけ上向けて正面を見た。
伊達眼鏡に縁取られた視界に、ブレザーを着た女子高生がいた。明るい栗色の髪を胸まで伸ばしたその女の子は、膝に乗せたスクールバッグを握りしめ、はっきりとこちらを見ていた。
「ふふ、ほんとだ」
本人かどうか確かめるためにちらちら見る、というレベルではない。ヒロとコウジが誰であるかをはっきりと認識している目だった。仕事へ向かう電車の中で騒ぎになるのは避けたい。ヒロが人差し指を立てて、静かにしてね、と目で伝えると、彼女は頷く代わりにますます身体を強張らせた。
「コウジ、やっぱりもうちょっと真面目に変装したほうがいいぞ」
「えー……マスクしてるからいいよ」
「だーめ。花粉の時期が終わったら外すだろ、それ」
図星だった。コウジは曖昧な微笑みを返して肩を竦める。コウジとカヅキが無頓着なぶんまで引き受けるかのように、ヒロは芸能人でいることが得意だった。
遅延もなく時間通りに乗り換え駅に着いて、同時に立ち上がる。ドアに近いヒロが先に背を向け、そのあとにコウジが続いた。
降りる間際、ヒロはコウジの身体の向こうへ手を振る。さっきの正面の座席に座っていた女子高生と目が合うかどうかというタイミングでドアが閉まった。走り出す電車がホームに風を起こして髪を煽る。
「ヒロ、サービス良いね」
「コウジだって」
ヒロはちらりとコウジの腕へ──コウジが自分の腰へ回している腕へ視線をやる。コウジはその手をぱっと上げて、なんのこと? と笑った。
瞬
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