中等部コウジ×KOPヒロ
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これは夢だと一瞬で理解した。
現実でこんな場所にいることなどありえないからだ。夢だ、と思ったから冷静でいられた。
真っ暗な空間に僕は立っていた。あたりを見渡してもなにも見えず、ただただ黒い。腕を広げてもなにも掴めない。足を踏み出すと着地する感触があったから地面はあるようだけど、足元を見ても自分のローファーがあるだけでやはり他は真っ黒のまま。特別な温度も湿度もにおいもない。
夢とはいえどうしたものかと考えあぐねていると、目の前に音もなく階段が現れた。光のない空間なのに、その階段は虹色にまばゆく輝いている。
どこへ続いているのかもわからない階段だが登れということだろうかと一歩近づくと、天のほうからこつりと足音が落ちてきた。音のしたほうを見上げて、そのまま動けなくなってしまう。
こつ、こつ、と、優雅なまでにゆったりと、サイハイブーツの踵を鳴らしながら降りてくるそのひとの顔を、僕はよく知っている。
きらきらと黄金に煌めく衣装に真紅のマントをはためかせ、頭上には彼がどんな存在であるかを間違いなく示す王冠を戴いて、その顔立ちは、僕の知るものよりも大人びて凛々しい。
彼は階段の下に突っ立っている僕に気づくと目を見開き、引き結んだ唇を震わせて、腰に掃いた立派な剣の柄を一度ぎゅっと握った。
彼の鳴らす靴音が大きくなる。僕は指一本動かせず、呼吸も忘れてその姿を見ている。
こつ、と一際大きな音を響かせて、彼は僕の目の前で立ち止まった。本当ならば同じくらいのはずの背はずいぶんと高く、僕はばかみたいに口を開けてその顔を見上げる。王冠を被っているから余計に背が高く感じるのかもしれない。
「コウジ」
美しい王様は──ヒロは、その堂々としたさまに似合わない、泣き出しそうな声で僕を呼んだ。
ヒロ。呼び返したいのになぜか声が出ない。
ヒロは目を伏せるとそっとその場に片膝をついた。マントの裾が足元に広がって、黒い空間の地面を形作る。見えるはずのない王冠のてっぺんが見えた。王様がとるはずのない姿勢だ。
ヒロ、ヒロ。声はやはり出ない。
ヒロは膝をついたまま僕を見上げ、まるで愛しいものを慈しむかのように目を細めた。頬にかっと熱が集まる。ヒロのこんな表情は、今も、決別する前も見たことがない。これが僕の夢だというならば、あまりにも、情けないほどに都合がいい。
力なく垂れ下がっていた僕の右手を、ヒロの左手がすくい上げた。黒い革の手袋のつるりとした感触の下にヒロの手指のかたちを感じる。
手はそのままヒロの口元へと導かれ、ヒロの唇が僕の指先に掠るように触れた。ぴくりと指が震えてしまったのがヒロに伝わっていないはずがなく、気恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
けれどヒロはそんな僕を笑ったりせずに、くちづけた手を両手で握り締めた。
「ありがとう。俺を信じてくれて」
握られたままの手に吐息がかかる。ヒロは二度と離さないとでもいうかのように僕の手を強く強く握り込む。
ヒロ。
声が出ない代わりに彼の手を握り返す。
僕はずっと、出会った日からずっと、きみのその姿を夢見ていたんだ。
目が覚めると全身にびっしょりと汗をかいていた。
身体を起こして周囲を確かめる。真っ暗な空間なんかではもちろんなく、ちゃんと自宅の自分の部屋で、自分のベッドにいた。
「ヒロ……」
さっきまでどんなに頑張っても出なかった声が、今はあっさりと彼の名を呼ぶ。もうずいぶんと口にしていなかった名前が、ひとりの部屋に虚しく零れ落ちた。
目元の濡れた名残をパジャマの袖で乱暴に拭う。
酷い悪夢だ、そう思った。
脳に焼きついて離れなかったこのときのヒロの姿が悪い夢なんかじゃなかったと知るのは、三年後のことだ。
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