※抱いてません レンがメンバー全員とキスしてるけど誰の間にも恋愛感情はないのでルール違反ではない。最後だけ夢小説
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ファーストキスの思い出を聞かせてください、というトークテーマは番組の台本通りで、もちろん事務所のチェックを通っている。
恋愛禁止を公言しているシャイニング事務所が所属アイドルにこんな話をさせるのは、ファンをがっかりさせることなくちょっぴり刺激的なトークをして盛り上げてチョーダイ、という司令だ。
真実を語る必要などない。真実のように平然と、ファンを喜ばせられる話ができればそれでいい。自分たちは偶像なのだから、それこそが職務なのだ。本人とファンのあいだに結ばれた虚像は月日を重ねるごとに肥大化し、イメージとそれに対する意外性の応酬でファンの心を掴み続ける。
そうはいってもみな人間で、それぞれに肉体があり、人生経験があるのだ。
母親と。幼稚園の時に。当たり障りなく、ほどよいエピソードのある回答をするメンバーの中で、和やかな流れを破壊したのは音也だった。
「俺はねー、レン!」
あっけらかんと答えた声に、司会者も観覧席もどよめいた。あるいは声すらあげられない者もいた。
それは熱いほどの照明が当たる本人たちもそうで、太陽のように笑う音也以外の六人もぽかんと口を開け、目を丸くして固まっている。
はじめに動いたのは名指しされたレンだった。
「え、イッキ、あれファーストキスだったの?」
「そうだよ」
「それなら先にそう言ってよ」
「言ったらどうなったの?」
「そりゃあ……」
レンは隣に座る音也の肩を抱き寄せた。ぽん、と傾いた音也の頭を受け止めて、耳元へ唇を寄せる。
「もっと、優しくしたさ」
響き渡る悲鳴。目をしばたたかせる司会者。にこにこと笑顔を崩さないレンと音也のまわりで、他のメンバーは頭を抱えたり、顔をそむけたり、天を仰いだり、普段通りの笑みを浮かべていたりした。
自分の仕事を思い出した司会者が、あの! と大袈裟に声を張り上げた。
「すみません! 一十木さんと神宮寺さんは、その……」
「ほらイッキ、困ってるよ」
「あ! 別にやましい話じゃないよ! ほら俺、ドラマに出してもらえることになったでしょ? この後やるやつ!」
「おっと、番宣だ」
音也の肩から離した手のひらをレンはひらりと天井へ向けてみせた。
「俺はちょっと……キスがうまくないといけない役だから、でもうちの事務所にいると恋愛できないし、困ったなー、こんなこと相談できるのは……レンだ! と思って」
「な、なるほど……?」
司会者はあんことハラペーニョと同時に食べたかのような顔をしつつ、声に出しては相槌をうった。
「でも、そういう話なら、オレ全員としたよ」
「レン!」
とうとうトキヤが大声を上げる。レンはこれ幸いと彼へウインクを投げた。
「イッチーともね」
「勘弁してください……!」
「どうして? 一ノ瀬トキヤはとても仕事熱心だって話じゃないか」
「そんなこと話さなくていいんですよ!」
「でもきっと、みんな聞きたいと思うよ」
トキヤの席はレンの席から離れていて、すぐに口を塞げるような距離ではなかった。なんとか話をやめさせようとするトキヤを無視し、レンはうんうんと大きく頷く司会者を見る。
「まあ理由はイッキと同じなんだけど。みんなキスシーンの台本持ってオレのところに来るから、示し合わせてるのかと思ったよ」
「違ったんですか?」
「そう。ドラマに出ることになった、キスシーンがある、さてどうしよう……って悩んでオレに相談に来るの。かわいいでしょ?」
音也がピースサインを作ってみせる。また悲鳴。そのうしろで翔は口を真一文字に引き結び、真斗は後ろへ向いてしまった。
「だからね」
レンは目を細める。テレビの画面にアップで映されてもひとつの粗も見つからない、彫刻のように美しい人。思わせぶりに長い脚をゆったりと組む、そのさまをカメラがとらえ、レンはそのカメラをとらえる。
「ST☆RISHならオレが全員抱いたよ」
ばちん。音の聞こえてきそうな完璧なウインクに、絶叫の濁流が重なった。
◆
わたしの頭が真っ白になっているうちに、画面の下に右から左へスタッフロールが流れ始めた。スタジオは変わらず笑いに包まれ、けらけらと無邪気に笑うST☆RISHが映り、そのままフェードアウトするみたいに終わる。
その後CMも挟まずすぐに次の番組が始まった。憂鬱な月曜の夜にドキドキをくれる、ちょっと刺激的なドラマ。今夜は第三話で、話が大きく動くことだろう。
『待って』
テレビに燃えるような赤色が映る。とても見覚えのある色だ。なんといっても、ついさっきまで見ていたばかりだし。
『ねえ……帰らないで』
彼は──音也は、ヒロインの華奢な手首を掴み、しょげた子犬のような目を向けた。子犬のようなのに、でも子犬であっても獣なのだとわかる表情。
『今夜は俺といてよ』
音也はヒロインの頬に手を滑らせ、小首をかしげながらゆっくりと顔を近づけた。ヒロインは抵抗しない。音也は──正確には音也自身ではないが便宜上──触れるだけのキスをしたあと、ちゅっと音を立てながら下唇にまた触れて、はむはむと挟み込む。もったいぶったそのキスに焦れたヒロインが静かに薄く口を開けて──
わたしは流れるような動作で目の前のスマートフォンを取り上げた。青い背景に鳥のシルエットが浮かぶアプリのアイコンを、画面を破壊しかねない強さで長押しし、「ツイートを作成」まで滑らせる。テレビから目を離すわけにもいかず、勘で文字を打ち込んだ。ブラインドフリックに慣れていて心底助かった。
スマートフォンに触れてからツイートボタンを押すまで七秒もかからなかっただろう。本当は窓を開けて大声で叫び出したいくらいだったのに、近所迷惑と非難されることを避けるため耐えたことを表彰してほしい。
『スタリみんなキスの仕方似てるなって思ってたのそういうこと!?!?!?!』
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