青春狂騒曲

遠回しな告白

「彼女にするなら」
 部誌の空欄を手際よく埋めてゆく跡部に向けて云ったのかそうでないのか、忍足は唐突にそう声にした。
「やっぱり一コか二コ下の子がええな」
 その低い、独特な声とシャープペンの走る音だけが静かな部室に響く。跡部はレンズの薄い眼鏡の奥の眸を手元に向けたまま、一度手を止めた。しかし忍足の言動に対する反応ではなく、持っているシャープペンの頭をノックして、芯を出しただけだった。
「マネでもええけど、それより帰宅部とか美術部とかの文化部で、俺より終わるんが早くて、終わっても教室で待っててくれるような子がええな。別に気ぃ遣ってくれるわけやなくて、普通のこととしてそうしてくれる子がええわ。うざいくらい部室で待っとるようなんやなくて、丁度ええタイミングで来てくれる子。元気やけど煩すぎん子。そんで、ちゃんと俺のこと好きで、たまに嫉妬してくれるような子がええな。ごくたまにだけな」
「―――忍足」
 跡部が先程と変わらない姿勢で声だけ寄越した。
「なん?」
「黙ってろ」
「―――ええやん、別に。俺が喋っとっても気ぃ散るようなことはないやろ?」
 そんな理由で、黙れと云ったのではないというのはわかっている。跡部部長は無駄なことがお嫌いなのだ。だから口数の多い忍足をいつも厭う、それは痛いほどにわかっている。
 しかしこの性格はとうの昔に染み付いてしまったもので、変わりようがないのだ。そして他の部員が帰ってしまった今、相手はどうしたって跡部になってしまう。そこに余計な意図がついていようと、いなかろうと。
「用がないなら帰れ。邪魔だ」
「な、跡部は?」
 跡部部長は無駄なことがお嫌いだが、無視されるのも嫌いに違いない。無視するのは得意分野だろうけれども。そんなことを、同列思考でぼんやりと考えた。
「跡部はどないな子が好き? 年下? 年上?」
 ペンを走らせたまま、跡部はちらりと視線を上げた。未だジャージ姿なのに眼鏡をかけているというのはなかなか不思議な光景だ。向かいの忍足の顔を一瞬、見て、跡部はまた目を伏せた。そして云う。
「邪魔じゃねえ奴」
「―――わかりやすいなあ」
 忍足は喉を鳴らして笑った。
「で、跡部、さっきの俺の話聴いとったやろ?」
「厭でも聞こえてきたからな」
「聴いてたんやな?」
 返答の代わりに部誌を閉じた。特別な理由はない、記入が終わったというだけだ。
 あっさりと忍足に背を向けてロッカーを開けた。とうの前に着替えを終えた忍足には、喋るしかすることがなかった。
「せやから俺は、年下であんま煩くなくて可愛え子とレンアイしたいねんけど」
「その条件を満たせば相手は誰だっていいってことだろ。適当な恋愛だな」
「けど、『好みのタイプ』とかって結局そういうことやろ? でな、俺そういう子がええんやけど―――」
 曝した背に、視線を感じた。
 周囲が注目するような類のものとは明らかに違うものだった。
「いちばんは跡部がええと思っとるんやけど、これってどういうことやと思う?」
 手にしたシャツを、ばさりと過剰な音をたてて広げる。ああ、袖に腕を通すその動作ですらも無駄がない、そのことに欲情しそうだと忍足は思った。
 シャツの釦を留め、ネクタイを首に回したところで跡部は振り返った。特になんでもない表情をし、それを締めながら問い返す。
「年下で煩くなくて可愛い子はどこに行った?」
 意表をつかれ、思わず跡部を凝視した後、忍足は笑ってみせる。
「どっか行ってもうたわ」
「追いかけておけよ」
「別の人間を追っかけるのでいっぱいいっぱいや」
 戯言だ、と跡部は思った。
 忍足の言葉も、自分の適当な返事も、すべて戯言だと、思った。
 だからそんな無駄にはもう構わないことにする。ロッカーを閉め、部誌を手に取り、持っていた鍵を置いた。それからテニスバッグを背負い、もう一度、漸く忍足を見た。
「朝一で来いよ。部室が空いてねえなんて洒落にならねえからな」
 鍵をかけるとはそういうことだ。自分が退室する準備を整えても忍足はパイプ椅子から腰をあげなかったので、そう判断し鍵を預けた。忍足も一緒に帰るなどとは考えていなかったので、素直にそれを了承する。
 そのまま出て行こうとドアノブに手をかけた跡部に、思いついて訊いた。
「なあ、邪魔じゃない子は好きなん?」
 そんな逆説が成り立つ筈がない。跡部はもう眼鏡をかけていないその姿で、綺麗に眉を顰めてから、「鍵、忘れんなよ」とそれだけ云った。

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