ある日

忍足の部屋に来る跡部

跡部がチャイムを鳴らしてからきっかり十秒後、ドアは開かれた。
忍足は来訪者に笑顔を捧ぐ。跡部はつり上がった眉で返す。

忍足が開けたドアの隙間を通り玄関に靴を脱ぎ捨てて跡部は部屋に上がる。躊躇いなくリビングへ向かう背中を確認してから忍足は鍵をかけ、後を追う。リビングで、跡部は着ていたコートを丁寧にハンガーに掛けていた。

忍足はそれには関与せずにキッチンへ向かう。ケトルにミネラルウォータを入れ、火にかけた。紅茶を淹れるための湯を沸かす。自分にはコーヒーを淹れるが、それは紅茶を淹れ終えてからで良いだろう。

そのころ跡部はオーディオデッキの横にあるマガジンラックに手を伸ばしていた。以前来た時にはなかった雑誌が数冊、ある。それを取り出しローテーブルに置いたところで、文庫本が混ざっているのを見つけた。書店の黒いカバーを外すと、跡部が読んだことのないタイトルが見えた。数ページ繰り、目次を一読したところで、ローテーブルへ取り出した雑誌の上に置いた。

ソファに腰を落ち着けて、積んだ書物の一番上、プロローグの初めの一行を読んだところで忍足がトレイを持ってリビングへ入ってきた。硝子のテーブルと金属のトレイが触れ合って、音をたてる。

跡部は本を閉じて、背をソファに預け、瞼を下ろす。
忍足はその一連の動作をただ見ていた。

ダージリンの香りが部屋に満ちてゆく。

ふと、跡部が目を開けた。忍足はティーコゼーを外してポットを手に取り、カップに傾ける。やがて真白いカップが赤い透明に満たされると、ポットを静かにトレイに戻した。
一瞬、二人の視線がぶつかるが、跡部がそれをカップに向けたことで途切れる。

跡部は紅茶を一口、飲んで、忍足を見た。
それからなにもなかったように読書に戻る。

忍足はずっと向けていた視線を外し、キッチンへ向かった。

暫くして、今度はグアテマラの香りが跡部の元に届いた。
跡部はテーブルに乱雑に並べられた雑誌の類を整え、コーヒーソーサがひとつ、置けるスペースをつくってから、またページを繰った。

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