引きずっている忍足とお見通しな白石
「表向きでは切れたと言えど 蔭でつながる蓮の糸」
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「おめでとう」
絶対無二の帝王が処刑されたばかりの臣下への場違いな言葉は、馴染みのあるイントネーションでかけられた。
「――蔵、」
「違うやろ、『おめでとう』云うてんねから、『おおきに』って返すのが筋やろ?」
笑顔で云ってのける白石に、忍足は苦い顔を隠せない。不自然な間の後に、せやな、とだけ返した。
「けど俺は今、そない云われてもなんも嬉しないで」
「わかっとるわ。やから云うとるんやろ?」
無知な子供を諭すように云う。言葉を交わすのは一年ぶりのことだったが、彼の残酷な部分は少しも変わっていなかった。
忘れていたはずの、誰にも触れられなかった部分が再び毒に曝される。
「――何か用か?」
忍足は努めてゆっくりと訊いた。ただでさえ気が乱れているのだ。これ以上余計な刺激は受けたくなかった。
湿度を孕んだ風が高く去る。白石は、包帯の巻かれた手で髪をかき上げた。色素の薄い澄んだ眸が忍足の姿を映し、それから、夏の夕日に照らされた無人のコートへ向けられる。
「一年ぶりに会うた昔の仲間に、おめでとう云うとこ思て」
「そんな言葉、要らんて云うたやろ」
「それはお前が氷帝やからや」
白石は、忍足を見はしなかった。ただ、酷い顔をしているのだろうと想像し、勝手に笑った。
その笑顔に、忍足が嫌悪を抱くことを知っていて。
「俺は、忍足侑士が試合に勝ったことを祝っとるんやで? 素直に受け取っとき」
受け取れるか。忍足は声には出さずに吐き捨てた。
白石の云う通り、確かに忍足は試合に勝った。だが、その後の展開を経て、いま所属している組織の最期はあまりにも、あまりにもだった。言葉にならないから、言葉にはしなかった。
そんな忍足の反応は予想済みのようで、白石はそれ以上言及しなかった。関西とは重さの違う空気を吸って、それを自分のものにしてまた吐き出す。
「『氷帝の天才・忍足侑士』――やったか?」
顔はコートへ向けたまま、視線だけをくれて白石は訊ねた。その真意を痛いほどに知っているから、忍足はなにも云えない。
「見とれや侑士」
薄い唇の端が上を向く。ああ、よく知った仕草だ。その笑顔。本当ならば、仕えるはずだった、相手。
「俺は、天才不二に勝つで」
絶対の宣言。
「蔵は相変わらずかっこええなあ」
「そういうんが好きなんやろ? 昔も、――今も」
精一杯の返事も、畳み掛けられて沈んだ。
白石は改めて忍足へ向き直り、相対した。陽はその背後から射していた。もう話すことはないとばかりに、口を開く様子はなかった。
一歩、忍足に近づく。二歩、三歩。視線の位置は、忍足よりは低かった。
「試合、観に来てな?」
それだけ言い残す。
翻したのは白石で、忍足は、その背を睨めつけるだけだった。
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