言葉による前戯
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「なあ」
「あー?」
「いっこ訊いてええ?」
「―――んだよ」
「なんで俺とするん?」
そこで漸う、跡部は気怠さを体現したその眸を自分の上に黒い影をおとしている男へ向けた。
その視線から問いの解説の要求を汲み取った忍足は、釦を外していた手を四つ目で止め、遮る硝子のない眼をやった。
「やりたいだけなら適当に女つくったらええやん。男より簡単やで。そんで、なんで俺なんかも解らんし。これだけしといて今更やねんけど」
「―――ああ」
忍足の問うべきところを理解して、跡部は瞼をおろす。その様子は先程のような面倒臭さは見せておらず、ただ思考に邪魔な視覚を閉じてしまうための手段のようだった。
忍足は何となく手持ち無沙汰になり、跡部の顎に触れてみた。跡部にとってそれはどうでも良いことであったが、結論が出たらしく再び視界に忍足を招いた。
「プラトニック?」
返答に、思わず忍足は顎を撫ぜていた手を止める。
「俺らが?」
「ああ」
「これが?」
云って、今度は鎖骨をなぞった。
「そうじゃなくて、もっと直訳―――『プラトン的な』」
「―――ああ、『饗宴』」
納得したのかしていないのか、取り敢えず忍足は返事をしてみた。そして答えを頂戴出来て満足したのか、五つ目の釦に手をかけたが、突然笑い出した。
普段忍足が何をし出しても放っておいている跡部も、流石に不快になったのかおい、と制止した。それは効かなかったが。
「何が可笑しいんだ」
「やって、跡部、それ、俺が、その――自分の半身って――云ってるんやって解っとる?」
涙目で問われた言葉に跡部は瞬き、あー・・・、と、溜息なのか何なのか判らない声を出した。
その声の長さは思考の長さだと忍足は思った。
「そこまで断定的じゃねえな」
「ふうん?」
「女に厭きたっつうか―――」
「女のコらに聞かせたれや、それ」
「いや、女は面倒くせえっつうか―――」
「あー、まあ俺のが面倒くさないわな」
「男の趣味はねえと思うんだが」
「俺かて別にないわ」
「好奇心?」
「―――俺は今まで、お前の好奇心に付き合うてたんか?」
「じゃあ興味」
「同じやて」
これは水掛け論だな、と二人は思った。
結論が出ないのが跡部には不満だったが、忍足には半ばどうでもいいことになっていた。
「もうええわ、この話は」
「んだよ、まだ終わってねえ」
「俺ん中では終わっとるからええの」
忍足は跡部よりも僅かに大きい手を、目の前の柔らかい頬へ伸ばした。性欲に直結しない動作に跡部が訝しむ。
「跡部は俺んことがめっちゃ好き。QED」
「意義あり」
「どこに」
「全部だ」
「全部そういう風に聞こえたんやけど」
「頭おかしいんじゃないのか」
「跡部こそ、なんで気付かんの」
「何にだよ」
「自分のことやんか」
「意味わかんねえし」
段々と跡部の機嫌が下降してきた。このままだと部屋を出て行きかねないので、忍足は本題に戻ることにした。
五つ目の釦に再び触れ、真顔で問う。
「で、何の話やったっけ?」
「知るか」
云い棄てると同時に眸を閉じた跡部に満足して、忍足はぷち、と今度こそ釦を外した。
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