「ふてて背中をあわしてみたが 主にゃかなわぬ根くらべ」
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まだ動けないようだったので先にシャワーを浴びて戻ると、跡部は先程と同じ体勢でミネラルウォーターを飲んでいた。幾らペットボトルだとしても、うつ伏せた状態で飲むのは困難ではないかと思う。
「云うてくれれば取ってきたんに」
気休め程度に髪を拭きながらベッドの端に腰かけた。静かな部屋に、ぎし、と響いたベッドにはまだ余韻が残っていて、さっきまでの行為が現実のものだったのだと再認させる。違うのは、跡部の気分くらいだった。
「なあ、知っとる?」
ぽつりと、忍足が云った。跡部はペットボトルをサイドテーブルに置き、続きを促す。
「男女の違いて、筋肉と性欲の量だけなんやて。性転換して両方の性別を経験した人に云わせると」
跡部が忍足の話を聴いているのが、雰囲気で判った。そのくらいのことはもう、判る。
顔を視ることはしなかった。
「性格とか、男らしさとか、そんなんはどこにもないて」
「で?」
「―――跡部は、どう思う?」
振り向こうとしてやめたのは、目が闇に慣れてきたからだった。浴室から戻ったばかりの忍足の目が慣れてきたということは、跡部にはもう忍足の髪の流れまで視えていることを意味していた。
代わりに、肩にかけていたタオルを床に投げ捨てた。
「お前は?」
「そうやな―――もし性欲の量が同じやったら、こない問題も起きんくなっとったんやない?」
そう、笑った忍足の顔を視てから、跡部は「ならそういうことなんじゃねえの」と呟いて、またシーツの隙間に沈んだ。薄暗い空間に、跡部の色素のうすい髪が散らばって、浮かんで見えた。
ゆるく暖房の効いた部屋は、しかし起きているには足りなかった。忍足は跡部の方へ向き直り、そっと口を開く。
「もう寝る?」
「―――ああ」
「隣、ええ?」
「狭い」
「しゃあないやん」
シーツの上に投げ出した腕よりも、重ねた背中の方が暖かいのは物理的な作用だと、思った。
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