WHITE BREATH

言い訳を引き金に

「……寒いんです」
 言い訳は実に言い訳じみた声で、冷え切った部屋に響いた。近づきすぎて唇で掠めた彼の耳朶も冷え切って、赤くなってしまっている。そう、赤いのは置かれたこの状況のせいであって、僕がこんなことを仕掛けているからでは断じてない。
 目の前ではやはり真っ赤な炎がぱちぱちと静かに燃え揺らいでいた。他に灯りはない。ロッジは黒ずんだ丸太で組まれているので余計に暗く重く、喜ばしくない意味で存在感がある。はめ殺しの窓があるが、ガラス越しに外の寒さを伝えるばかりで太陽の光を取り込むこともない。吹雪が強すぎて昼か夜かもわからなかった。ただ灰色の――あの空間よりは健全な――世界が広がるばかり。暖炉の脇に薪が山と積まれているのが一縷の望みだが、観察するにそれが炭へと変わる速度は予想よりもずっと早く、不安をかき立てた。
 そんな場所で、なんの因果か、彼とふたりきりに。
「わざわざ云わなくてもわかる」
 彼はぼそりと呟いた。当然だ、ここで暑いと訴える人がいたら正気を疑う。僕が寒いと口に出したのはそれを訴えるためではなく、冒頭のとおり言い訳のためだ。
 暖炉の前で膝を抱え、てのひらを暖めるように炎へかざした彼を、背中から覆い被さって腕で閉じ込めている。その、言い訳。
「寒いんです」
 意味もなくもういちど。ぶる、と彼の身体が震えたのは寒さのためか、それとも。
 後ろから回した手で、表面ばかりが暖まった頬に触れた。熱い。けれど身体の芯は未だ冷え切っていることが明白で、その証拠に彼は僕にこんなふうに触れられても動こうとしない。
 これも赦されるだろうか。そう思ってなぞった唇は乾燥してかさかさになっていた。
「――っこい、ずみ」
 頼りない声が名前を呼んだのを、聴覚と同時に触覚で、触れたままの唇の動きで認識する。その隙間にゆびを入れたい。駄目だ、どんどん抑えがきかなくなる。
 吹雪がやんだら、雪が融けて消えるようにこのことも忘れてしまって構わないから。だから――だから、どうかこの肌に、その奥に。
「寒いんです」
「古泉」
 三度目の言い訳に、彼は苛立ったように声を被せてきた。
「――俺だって寒い」
 引き金を、ひいたのはあなたの方だ。
 唇をなぞったままだった手で顎を捉えてこちらへ向かせ、奪うようにキスをする。ん、と彼が苦しげに眉を顰めた。無理な角度でくちづけているせいだろう。けれど安心して背中を預けられるベッドなどここにはないのです。身体から余計に熱を奪ってしまうような木の板に押し倒す気にはなれなくて、腕の中に閉じこめたまま、彼の襟元に手をかけた。

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