どうか見捨てたりしないで
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優しくされると反応に困るから(お前が機嫌を窺う相手は俺じゃないだろう)、多少強引にされた方が精神的に楽だった。口は勝手に痛いだのやめろだのと訴えたし、それでも古泉が求めてくるならそれでいいと思っていた。つまりはその程度には、俺は古泉の侵入を赦していたのだ。
そんな俺の内的事情を察しているのかいないのか、その時の古泉はどちらでもなくて、俺の顔の横に手をついたまま動かなかった。いつもの胡散臭い微笑はどこかへ置き忘れてきてしまったようで、苦い表情を隠せずにいる。どうしてお前がそんな顔してるんだ、押し倒されたのはこっちだぞ。
どのくらいそうしていたのか、やがて古泉は生死を覚悟したかのような声で呟いた。
「――いい、ですか」
「なにが」
いつもは要らないくらいに喋るくせに、いざ伝えようとすると言葉の足りない奴である。俺の言葉が冗談でないことは理解したらしく、涸れた声でつけ足した。
「ですから――しても、いいですか」
今更それに許可を請うのか? 紳士的な態度ならもっと早くに示して欲しかったんだがな。
しかしそれこそ今更というもので、だから俺は古泉の問いに端的に返した。
「勝手にしろ」
「厭です」
「――おい」
ここで否定形の言葉を返すのか。こんなことを、したくもないのにしていたとかほざきやがったら殴るどころじゃ済まないぞ。
古泉はいつもの仮面を更に遠くへ追いやって、早口に云った。
「散々乱暴にしておいてこんなことを訊くのはおかしいとわかっています、でも僕は」
耳元で小さく衣擦れの音がした。古泉が手をぎゅっと握りしめたようだった。
「一方的じゃなくあなたとつながりたい」
もっと早くに、気が乗らないふりでもして顔を逸らしておくべきだった。タイミングを逃した俺は結果として、砂糖を吐くような台詞を真正面から受け止めるはめになった。とんでもない。古泉は本気としか思えない表情で俺を見ている。俺はどう反応すればいいんだ。古泉はなにを求めている? 俺は?
内心で悶々としていると、見つめ合ったままだった古泉の表情がくしゃりと歪んで、それを振り払うように古泉が俺の胸に顔を埋めた。一瞬だけ見えてしまったその顔があまりにも、で、俺は考えることを放棄してしまった。
古泉はしばらくそのまま動かなくて、俺は目の前の茶色い髪をぼんやりと視界に映したまま。
「ごめんなさい嘘です、僕は、」
小さく声を落とすのに合わせて、古泉の柔らかい髪が鎖骨や顎のあたりに触れてくすぐったい。
「僕は、あなたに――僕を欲しがって、欲しい、んです」
くぐもった声が胸の上で響いた。文学的表現じゃなく物理的な意味でだ。だから俺の心臓が一際うるさく鳴るのはその近さによるものであって、それ以外のなんでもない。おい、それ以上くっつくなよ、頼むからこの鼓動に気づかないでくれ。
そんなことに焦りながら言葉に言葉で返すという基本的なコミュニケーションを思い出して、俺は溜息をひとつついてから云った。
「欲張りだな」
「すみません」
謝る気、ないだろう。俺はシーツの上に放り出したままだった腕を緩慢に動かして、古泉の頭に手を乗せた。古泉はびくりと過剰反応した後、そのまま固まってしまったようで動かない。
古泉の髪に指を通して梳いてみる。男にしては長めの髪は絡まることなくさらさらと零れ落ちていって、それがおもしろくて同じ動作を繰り返した。そのうちに、古泉が恐る恐るといったように顔を上げる。
「――あの、」
うるさい。気づけ。
髪をぐちゃぐちゃにかき乱してやると、前髪で目元が見えなくなった。古泉がゆっくりと唇を落としてくる。俺は目を開いたまま、それを受け入れた。
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