四日目
俺には、この一週間の間に達成したい野望があった。それは今でなくてはいけないことで、俺一人ではおそらく達成できないことだ。四日目を迎えたことに気づいた俺は、若干焦り気味にそれを成そうと試みた。
「古泉、ちょっと」
「はい?」
朝兼昼飯であるところの冷麦を片づけ、一段落ついたところで古泉を呼びつける。
「なんでしょう」
「実はお前に頼みたいことがあるんだが」
「あなたが僕に、ですか?」
ローテーブルを挟んで向き合う。この位置関係にももう慣れた。
「それは珍しい。拝聴します」
そんなにかしこまるような話でもないんだが――と云いかけて云えなかった。俺の携帯が鳴ったのだ。
「どうぞ、出てください。席を外しましょうか?」
古泉が気を遣ったが、ディスプレイに表示された名前を見てそれを制する。構わない。
「ハルヒだ」
「――おや」
電話に出ると、コンマ一秒で甲高い声が聞こえた。
『ちょっとこの暑いのどうにかなんないの?』
約半月ぶりの交流で、その第一声はいかがなものなのか。第一そんなことを俺ごときがどうにかできるわけがない。どうにかできそうなのはハルヒ、お前の方なんだがな。
「俺に云うな。どうにもならん」
『あっそう。まああんたには期待してなかったわよ。今何してんの? どうせ毎日家でゴロゴロしてるんでしょうけど』
「失礼な奴だな。俺はこ――」
古泉の家、と云おうとして、目の前の家主の仕草に押し止められた。結んだ唇の前に人差し指を立てるポーズでこちらにアイコンタクトを送ってきている。寒気がした。
「子供の相手してたよ、田舎で」
『ふーん。まあいいわ。そんなことより次の水曜は十時に駅前集合だから来なさいよ』
「水曜?」
『そう。あんた夏休みだからって曜日感覚なくしてると学校始まってから困るわよ』
図星だった。
「なんとかなるからいいんだよ」
『そんなだからいつまで経ってもダメなのよ。あたし古泉くんにも電話しなきゃいけないから、じゃあね。遅刻は罰金よ!』
俺の返事も聞かずに電話は切れた。ぷつ、と終話ボタンを押して携帯を閉じる。
「だとさ」
「ありがとうございます」
古泉がさっきと同じように人差し指を立てた。
「今更ハルヒに知られても、なんで教えなかったんだって乗り込んで来そうだしな」
「まず間違いなく来るでしょうね」
「俺は別に構わんが、お前は厭なんだろう」
古泉は一瞬の間を置いて、目を細めた。茶色い目の中に、光が、揺らぐ。古泉の人差し指が伸びてくる。
「――あなたも」
人差し指が、唇へ、伸びて、
古泉の携帯が鳴った。
かけてきたのは考えるまでもなくハルヒだ。古泉は副団長の顔をして電話に出た。つい数分前に聞いた声をやけに遠くに感じる。
用件は一緒なんだからさっさと通話を終わらせろ。終わらせて、山積みになった俺の宿題に付き合えよ。
(無防備装ってふれそうな距離)
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます