オレンジフィルムガーデン

二日目

 起きたら俺は古泉のベッドで寝ていて、隣に古泉はいなかった。
「……えーと」
 昨日から泊まりに来ていて、古泉がリビングのソファベッドを引っ張ってきたからそっちで寝ようとしたら、ベッドで寝るようにと強要された。呼んだのは古泉でも実際泊めてもらっているのは俺の方だから別にどちらでも、というかザコ寝でもいいくらいだったのだが、古泉がいつもの笑顔で「ベッドで寝ないと寝た後にお姫様抱っこで運びますよ」と脅すので、ありがたくベッドメイクも眩しいベッドで休ませてもらったのだった。ということは。
 上体を起こして首を回す。ベッドから数十センチ離れたところで、古泉が寝ていた。二人掛けのソファベッドから長い脚がはみ出て宙に浮いているのは嫌味かこの野郎。忌々しい。子供みたいな顔して寝やがって。
 さて、時計を見るとちょうど10時を回ったところだった。古泉は前述の通りまだ夢の中だし、俺も10時に起きるのは夏休みにしては健全すぎる気がした。再びベッドに身体を預けて目を閉じてみる。開けっぱなしの窓から断続的に流れ込む、温めの風と蝉の声。うん、悪くないんじゃないか。あとは風鈴でも吊るしたら完璧だ。俺は目を閉じたまま、しばらく意識を泳がせた。

 次に目が覚めたら14時だった。一日の半分以上が既に終わっている。これ以上こうしていては今日という日が寝ているだけで終わりかねないので、俺はベッドから下りた。
 古泉はというと、こいつも実は呑気なのかなんなのか、まだ眠っていた。さっき見た時とは身体の向きが若干違うような気がしないでもないが、もういいだろう。声をかける。
「おい古泉。――古泉、」
 肩を揺すろうかと考えている間に古泉は覚醒したようだった。ああ、おはようございます――などと寝起きのエロい声で囁いて起き上がる。
「起きられたんですね」
「こんな時間だしな。ったく、人のことは云えないが、お前も大概寝すぎじゃないか」
「寝すぎなのはあなたじゃないですか。僕はちゃんと起きましたよ。あなたがあんまり気持ちよさそうに眠っているから起こさなかっただけです」
 古泉が心外だというように反論してきた。聞き逃せない。
「何時に起きたって?」
「え? ええと、12時頃です」
「俺は10時に起きた」
「そうだったんですか?」
 意外だとでも云いたそうな顔でこちらを見ている。失礼だな、俺の体内時計をどこまで莫迦にしてるんだ。
「起きたけど、お前がぐっすり眠ってたから起こさないでいてやったんだ」
「起こしてくださればよかったのに」
 どうやら古泉は結果的に俺が先に起きたというのが不満らしい。すごく不毛なやり取りをしている気がする。ならば今度は安らかな寝顔の写真でも撮っておいて見せてやろう。
「僕の寝顔を撮っているあなた、なんて、想像するだけで興奮しますね」
 前言撤回。叩き起こしてやる。

 その後は古泉に調味料を買いに行かせたり(考えてみれば一番太陽の高い時間に行かせてしまった)、適当に料理をしたり(いちいち興味津々に手元を覗いてくるのはどうにかならんのか)、それを片づけたり(片づけようとしてから洗剤がない可能性を危惧したがそれはさすがにあった)して過ごした。
 だらだらとテレビをザッピングしながら、去年はこんなことをするなんて考えもしなかった、とぼんやり思う。古泉は突然現れたハルヒ曰く「謎の転校生」で、条件つきの超能力者で、『機関』とやらの下っ端構成員。それだけだった。今もその認識は大して変わっていない。なのに今年はこんなふうに過ごしているのは何故かというと、答えは一つだ。
 意識が変わったのだ。
「なにか面白い番組はありますか」
 風呂から上がってきた古泉がタオルを片手に訊いてきた。
「んー、特には……お、」
 手が止まる。見たことのある画だった。しばらく見るとそれが映画の予告編だとわかる。今日の深夜に放送されるようだった。
「映画ですか?」
「気になってたんだが単館上映で観れなかったやつだ」
「それなら今日観ればいいですね」
「ああ。これ2時からだし、お前は先に寝てていいぞ」
「お付き合いしますよ。あなたの好きなものには興味があります」
 濡れた髪を撫で付けながら害のない笑みを向ける。
「――あっそ」

 昨日買っておいたポテトチップを開けて、電気を消した部屋で二人で映画を観た。映画は淡々とした内容で、感情がひどく揺れるようなことはなかったが、観終わった後になんとも云えず穏やかな気持ちになった。

(無冠のレイトショー)

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