夏の七日間
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一日目
「うちに、来ませんか。――一週間ほど、泊まりで」
珍しく口篭りながら古泉がそう、云った。終業式のあと、全てから解放されたつもりでいる二人きりの文芸部室。
「その、夏休み、ですし。あ、用事があるのならそちらを優先してくださって構いませんので」
発言を撤去するように、急に言葉が早くなる。顔はいつも通りのニコニコスマイルだが、冷や汗が浮いているように見えるぜ。俺が黙れば黙るほど、古泉の焦りは目に見えて増大する。
「別に、たいした用事なんてねえよ」
塾にすら通っていない一介の高校生の夏休みに、一ヶ月もかかる用事なんてあるはずがない。せいぜい高校野球を見届けることくらいだ。
「盆が、終わったら」
古泉が捨て犬のようにこちらを窺うのが鬱陶しいので、俺は言葉をつないでやる。
「田舎から帰ってくるから、そしたら、行く」
『機関』が用意したらしい1DKの古泉の部屋へは何度も行ったことがあるが、こんな真夏に来るのは実は初めてだった。三階がやけに遠い。着替えも一週間分となればそれなりに量があって、バッグが肩に食い込んだ。
「いらっしゃいませ」
「おう」
古泉の笑顔は相変わらず暑苦しかったが、部屋から流れてくる冷気が気持ちよくて遠慮せずにあがらせてもらう。涼しい。寒いくらいだ。
「なんか寒くないか?」
「そうですか? いつもと同じ温度設定なのですが」
「何度だ?」
「25度です」
「はあ!?」
古泉の手からリモコンをひったくると、なるほどそこには「冷房 25度」の文字。おまけに風向きはスイングときてる。天井の空気まで冷やしてどうするんだ。
「お前な…部屋の広さ考えろよ。ここだったらドライの28度で十分だ」
「そうですか?」
「そうだよ」
「では、そのように」
家主がいいと云うのだからいいんだろう。俺はリモコンを弄ってから、ようやくバッグを置いた。
「あの」
「ん?」
「買い出しに行きませんか」
なんでこいつはそういうことを、シャワーを浴びてから云うんだ。外に出たらまた汗をかくだろうが。
「食べるものがあまりないんです。料理をしないので、食材もありませんし」
冷蔵庫を見やる。もちろん見ただけでは中は見えないが、きっとろくなものは入っていないのだろうということは容易に想像できた。
「お前、普段何食べてるんだ?」
「冷凍食品かレトルトかインスタント、です」
「――そんなことだろうと思った」
つけっぱなしにしていたテレビを消す。財布を出してから、その薄さに自分でがっかりした。
「予算は少ないからな。自炊だ、自炊」
「あ、僕出しますよ」
「割り勘だ」
古泉の肩を叩いてさっさと玄関へ。靴を履き終えたころ、慌ててついてきた。
「自炊、ですか」
「一番経済的だろ。云っておくが俺一人では作らないからな。お前だって野菜切るくらいはできるだろ。あ、リンゴの皮を剥くのは料理とは云わないぞ」
「――承知しています」
なんだその緩んだ顔は、気色悪い。
「調理器具はあるんだろうな」
「あ、それは『機関』のほうが用意して」
「ならいい。行くぞ」
結論からいうと、買い出しを提案した古泉はてんで買い出しに使えなかった。荷物持ちがいいところだ。本人は普段利用しているスーパーだと云ったが、実際に利用しているのはレトルトと冷凍食品の棚だけで、野菜の並び順も肉魚の位置もわかっていなかった。高校生男子が二人でスーパーの食材コーナーをうろうろしている光景はさぞや目立ったことだろう。
そして料理を試みたものの、古泉家は調味料の類を一切置いていなかったので、結果として夕飯はストックされていたカップラーメンになった。
「お前、明日も買い出しな」
「一緒に行きませんか」
「行かねえ」
(オレンジフィルムガーデン キミと隠れたい)
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