メルヘン古泉
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「僕は、ミルフィーユドリームをフルーティハーブティーとセットで」
お願いします、と、いつもの安っぽい微笑で目の前の男はバイトの女性店員にオーダーし、店員はサービス5割増しスマイルでかしこまりましたと頭を下げて離れた。そう、男だ。それで何だって? ミルフィーユとハーブ?
「そんなもんあったか?」
「ありましたよ。ああ、こちらです」
通常メニューを開いた俺に、古泉はそれとは別になった季節のメニューを差し出した。なるほどそこにはさっき聞いたばかりのやたらメルヘンな文字列が並んでいる。ミルフィーユ・ドリーム。ホイップクリームと桃のジュレを織り込んだ季節限定メニューです。
「……へえー」
たとえば、と妄想してみる。朝比奈さんがふわふわしたワンピースに冷房対策のストールを羽織って、このメニューをお召し上がりであれば俺は三倍くらいの値段を払っておごってもいい。そのうえでご馳走様ですとだって云える。
だが実際、ここには朝比奈さんはおろかハルヒも長門もいなくて、可愛らしいメニューを食べようとしているのは自分よりもでかい(不本意だ)男だった。汗をかいたお冷やのグラスを弄んでいる。意外にせっかちだ、と少し離れた意識で俺は思う。
「よろしければ半分差し上げますよ」
「遠慮しとく」
俺がそのメルヘンメニューを食べていても気色悪いだけだ。ならばせいぜいアイスラテにガムシロップを入れるくらいにして、あとは見るに耐える野郎のデザートタイムを携帯で撮ってハルヒに送りつけるだけさ。女子相手に売り捌けば、朝比奈さんが自腹をきっているお茶代の足しくらいにはなるだろうよ。
「おや、僕たちがこんなところで油を売っていることを、涼宮さんへ伝えるのですか?」
そうだった。できない。なぜなら今、俺たちSOS団は公正なくじ引きの結果男女に分かれ、例の市内パトロール中だからだ。それがどうして古泉と優雅なティータイムを過ごしているかというと、外が暑かったので喫茶店に入ることにした。それだけだ。
オーダーしたものを乗せたトレンチを慣れた風に持って、先の店員が歩いてきた。古泉は手元にあったグラスを脇へ退けながら、
「写真なら、いくら撮ってくださっても構いませんよ」
誰が撮るか。
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