love you, my life
「触るな!」
がしゃん、と不快な音を認識した瞬間、彼がそう声を荒げた。慌てて台所へ向かうと、しゃがみ込んだ彼の足元でグラスが砕けており、皿洗いを手伝っていた和樹が触るなと云われたために手を伸ばせず立ち尽くしていた。
「大丈夫ですか、怪我は?」
彼は附いたまま、額に手を当てている。
「ない。――和樹は?」
「あ――おれ、も、へいき」
「そうか」
よかった、と云ってふらりと立ち上がる、その顔色がひどく悪くて驚いた。さっき四人で一緒にパスタを食べていた時の彼はこんな状態だったか? 呆然として見ているとその目もこちらを見たがそれは一瞬で、彼がすぐに逸らしてしまった。ばつが悪いとでも云うように。
「――具合がよくないんですね」
気づけなかったことが歯噛みするほど口惜しい。彼はたいしたことじゃない、と云って笑った。僕じゃないんだから無理に笑っても逆効果ですよ。
「大問題です。今はなにもなかったからいいですが、もし和樹やいぶきが怪我をしてしまったらどうするんですか」
彼は押し黙る。
「ふたりが無事でも、あなたが怪我してしまったら僕にとっては同じことです」
大事なものはどうしたって守りたい。それは至極当然の考えで、そして今、彼と僕の『大事なもの』は共通してここにある。
「――悪かった」
「わかっていただけたならいいんです。ここは僕がやりますから、あなたは向こうで休んでいてください」
すまない、とまた謝って彼は了承した。割れたグラスの破片を避けて歩きながら、すれ違い様にまだ戸惑っている和樹に声をかける。
「ごめんな、大声出して」
和樹は彼の顔を見上げてから、少し目線を逸らして気にしてない、と云った。優しい子だ。彼も同じ気持ちなのだろう、和樹の頭を撫でてから台所を出て行った。台所の入り口で様子を窺っていたいぶきにも、同じようにして。
割れ物を片づけてリビングへ行くと、視察隊として体温計とともに送り込んでおいた和樹といぶき(彼はふたりにはとことん甘い)が具合を聞き出しているところだった。体温は平熱、喉も平常、咳や吐き気もなし。あるのは頭痛だけのようだ。先程グラスを滑らせてしまったのはそれが原因だろう。立ち上がった時に顔色がやけに悪かったのは立ち眩み、か。いずれにしろそこまでひどくはないようで、ほっと胸を撫で下ろす。冷静に対処できたからよかったものの、本当は自分だって心臓が止まるかと思うほど動揺していたのだ。
午後は出かけるのをやめてDVDを見た。彼をソファへ横にならせて、その前の床にふたりを座らせて。
ぼんやり見ていたかと思いきや、こどもたちに混じって彼も涙目になっていたことはせめてもの威厳として黙っておいてあげることにした。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます