この別離は必然
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「今まで、ありがとうございました」
定例句だ。彼のブレザーに桜の花弁が白く映えて美しい。強い風、手には筒、赤い胸花。
「これまで本当にお世話になりました。なんとお礼を申し上げればいいか」
彼は温い風に目を細めながら僕を見ている。
「正直、卒業をこれほど平和に迎えられるとは思っていませんでした。あなたもご存知のように、僕の高校生活における目的は学業ではなく、任務の遂行だったものですから」
知ってるさ。投げるように呟かれた。僕は苦笑する。
「いろいろと――ご迷惑をおかけしましたが、それも今日までです」
「まあ、卒業しちまえば、こんなに毎日顔を突き合わせるようなこともなくなるしな」
「違いますよ」
彼のいつもの気の抜けたような台詞を、否定した。できるだけ優しく、柔らかく。
傷跡の残らないように。
「僕があなたを利用するのも、これでお終いです」
僕の言葉を噛み砕くように、彼が呼吸しているのがわかった。
本当は、もう一秒でも早くここから去ってしまいたい。けれどそれはあまりにも、優しい彼に失礼だから、最後は綺麗に、綺麗なままで。
「利用、って」
「そのままの意味です」
「そんな距離のある表現をするな」
「では他にどう表現すれば? 僕とあなたの間には絶対の距離があって、それは今日まで変わらず埋められることはなかったはずです」
「そんなことは」
言葉が途切れる。続く彼の台詞は想像できたが、止めなかった。
「だって、お前は――お前は、」
彼の言葉で責められたい。
「俺を、好きだと、云ったじゃないか」
ふう、と溜息をつく。いつもの笑顔で、風に消されず、彼に聞こえるように。
「あなたは僕の正体と任務を知っていた。それなのに、好きだなんてそんな短い言葉に惑わされて、あんな、どうかしているとは思わなかったのですか?」
彼は虚をつかれたように押し黙ったが、そのままでいるような人ではないことなど、知りすぎている。それは正しい認識で、すぐに言葉を返してきた。
「思ったさ。それでも、お前は本気だと思ったから、だから俺、たちは――こう、だったんだろう?」
彼の信頼に包まれていたことを全身で感じる。ああ、それはこんなにも心地好く羊水のように満たしてくれていたのだ。
「本気だなんて、いつそんなことを云いました?」
僕は今、それを全て拒絶する。
「繰り返しお伝えし続けたはずです。僕の存在は涼宮さんのためにあり、僕の任務は『機関』のためにあると」
「――それは」
言葉に詰まって眉を潜める、その顔が最中のものに似ていて胸が苦しい。
「それでもお前は云ったじゃないか。『機関』の人間である前にSOS団の一員だって、『機関』を裏切ってでも俺たちに味方するって、あれはお前の」
「あんな言葉」
彼の言葉はこんなにも突き刺さる。限界だ。これ以上、あなたの声も言葉も聞いていられない。
「騙される方が、悪いんですよ」
彼は驚いている。僕が初めて閉鎖空間へ案内した時よりも、あるいは。
「僕はあなたを、あなたたちを騙していたんだ。それだけのことです。だから、こんな――こんな、」
「――もういい」
強風の中聞こえた声は、驚くほど凛と響いて届いた。これだけ雑言をぶつけても、それでも彼は僕に相対する。
ごめんなさい。
「もういいから、そんな顔をするな」
そんな顔? それは僕の台詞だ。あなた、今ご自分がどんな表情をして僕を見ているのか、気づいていないんでしょう。そんな、誘うような、なだめるような、穏やかな、眸。
ごめんなさい。
「今まで、ありがとう。俺は本当にそう思ってる」
ごめんなさい。
『古泉一樹君』
六年前に聞いた言葉が、昨日のことのように甦る。
『古泉君、君の能力が世界を救う。我々と共にあれば』
自分が救える世界の中に、自分の望む彼の姿はもう、ない。
(知っている。知っていた。こうなることなど、出会う前から)
それは変わらない。変わったのはこっちの方だ。
――だから。
(騙される方が、悪いんだ)
涙など流れない。貼りつけたいつもの笑顔がすこしだけ、歪むだけ。
(実は仲いい11のお題03 騙される方が悪いんだ)
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