嘘をつけない
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古泉はセックスの時、指を絡ませたがる。
肘を折って手の甲をシーツに縫いつけられるのは決して自然な体勢ではないし、そのうえ奴の上半身の体重がそこにかかるのだから(下半身の体重がどこにかかるかなんてことは訊かないでくれ)楽じゃない。一度、切ったばかりの爪で古泉の指を傷つけてしまったことがあったのだが、嬉しそうに舐めていたので気遣うのはやめることにした。元々、気遣いなんてできるような状況ではない。
それが、いつもの話。
古泉、と最初は声をかけた。古泉は当然のように答えない。
次に、壁にもたれている肩に触れてみた。古泉は過剰なまでに反応して顔を上げて俺を見て、すぐに逸らした。ひどく酷い顔をしていた。
それからしばらくは沈黙、沈黙、沈黙。古泉は全身で早く帰ってくれと懇願していたし、同時にどこにも行かないで欲しいと云っているようにも感じた。だから俺は対応を決められずにただそこでどこかぼんやりと、温い風に揺れる古泉の鬱陶しい前髪を見ていた。
立っているのも何なので、少し間を空けて古泉の隣に座る。手をついたら小指が、同じように掌を天に向けて床に投げ出されていた古泉の手を掠めた。あ、と思う間もなく古泉はそれを――掠めただけのそれを――振り払うようにして手を引こうとする。俺はそれを許さない。
「やめ、」
随分久しぶりに声を聴いた気がする。でも言葉の意味は聞かない。俺は逃げようとした古泉の手を掴まえて、緩く開いた指の間に自分の指を差し込んだ。簡単には逃げられないように。案の定古泉は逃げるのをやめたようで、それ以上は動かない。俺は指に少し、ほんの少しだけ、力をこめてみた。古泉はなにも云わないが、絡めた指がびくりと揺れて、うつむいたまま、泣き出しそうな顔をしてフローリングを見つめている。指は頼りなさそうに動いて、ゆっくりと、俺の手を握り返してきた。
ああ、いつも古泉が求めていたのはこれだったのか。俺は唐突に理解する。窓の向こうでは今日が終わろうとしていた。
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