spoonの表紙すごすぎた
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鳴るはずのないドアベルの音が聞こえた時点で、闖入者が誰なのかはわかっていた。定休日に店に来る客はいないし、定休日でも閉店後でもおかまいなしにCLOSEDのプレートを無視する人間はひとりしかいない。
今日は定休日だから、通販で買った食材をまとめて受け取って、それをしまうついでにパントリーを整理しようと思っていた。それからリモンチェッロやサングリアを新しく漬けて、半端に残った材料で一杯やろう。
ドアベルは、そんな虎次郎の穏やかな休日が崩れ去る音だ。
「薫か?」
薫以外の人間だったとしたら強盗だ。薫も強盗に近いものがあるが。
ホールへ出てみれば予想どおり薫がいた。予想外だったのはその装いだ。最近ではもうめったに見かけない洋服姿で、つい文句を続けそびれてしまう。
「なんだよ、その格好」
黒のタートルネックに白いスラックス。髪型や眼鏡をかけているところは普段と同じでもまるで印象が違った。着物のゆったりとしたシルエットとは真逆で、身体のラインがはっきりとわかる。モノトーンの生地は薫の白い肌をいっそう白く見せていた。
「これなら俺だとばれないかと」
「なんで?」
「たまにはそういうときもある」
「ああ……」
桜屋敷薫は有名人だ。この地元であればなおさら、薫を知らないひとなどいない。着物で歩いていれば十メートルおきにあら桜屋敷先生と声をかけられ、そのたび薫は桜屋敷先生の笑顔でこんにちはと返す。
守銭奴眼鏡はそれを地道な営業と言っていたが、営業をしたくない日もあるのだろう。レストランに定休日があるのと同じだ。
「で? なにしに来たんだお前は」
「レストランに食事以外の用があるか。見た目重視のパーティーなんか食い足りん」
言いながら薫は厨房にまでずかずかと入り込んでいった。相当な空腹を抱えているらしい。そう言われてしまうとなにか食べさせたくなってしまうのは料理人の悲しいさがだ。料理人になる前からそうだった気もするが虎次郎はその事実を意図的に無視し、これ見よがしにやれやれと肩を落としてやった。
「定休日なんだけど?」
至極当然の反論をしても薫はどこ吹く風で、高校生のときのように笑うだけ。
指先がグラスをするりと取り上げ、虎次郎があけていたサングリアを勝手にひとくち舐める。唇や舌がワインの色に濡れながら言った。
「なにを言う。定休日でも表に鍵をかけないくせに」
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