ジョーチェリワンドロお題「添い寝」
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帰るのが面倒になって泊まることはたまにあった。深酒をしたときもあれば、家まで歩いて帰るのが億劫になっただけのときもある。ゴリラ用のベッドはたいへんに広く、ゴリラを端に追いやれば俺が寝ても落とされる心配はなかった。
今夜はまあ、ほどほどに飲んで、前後不覚になるほどではないが今から帰るのも、とゴリラを端に追いやって一夜の寝床を確保した。虎次郎もだいたい同じような状態で、ふたりして横になったらもう軽口を叩くのも面倒でそのまま眠りの底に落ちていった。
それからどれくらい時間が経ったのか、ふっと目が覚めてしまったのが運の尽き。真っ暗な部屋でまばたきを三度するあいだに状況を認識した。アルコールはもうすっかり抜けていて、外はまだ暗く、隣では人間の顔をしたゴリラがすこやかな寝息を立てている。
こういうことには慣れていた。泳ぐのが苦手な人間が水面から何度も顔を出して息継ぎするように、眠るのがあまり得意でない俺は起きなくていいタイミングで目を覚ましてしまう。そうなるともう、ふたたび眠りの波が襲いかかってきてくれるまで待つしかない。
カーラになにか音楽を流させようかと考えても一応ひとりではないのだから気が引ける。何度も溜息をつきながら右を向いたり左を向いたり天井を見上げたり、寝返りの回数を数えるのも飽きたころ、眠っているはずの男の声がした。
「……かおる、」
呼ばれたほうへ体を向ける。部屋の明かりもついていないのに、虎次郎は眩しいときみたいに片目を半分だけ開いて俺を見ていた。できそこないのウインクみたいな顔で、はっきり言って不細工だ。女と寝ているときにこんな顔をしたら台無しじゃないのかと思うが俺はこいつの女ではないのでどうでもよかった。
「寝れないのか?」
いつもより低くてぶっきらぼうな声だった。不機嫌なわけじゃないのは知っている。単に寝ぼけているだけだ。
「……起こしたか」
少し、ものすごくほんの少しだけ申し訳なく思わないこともない。虎次郎は一度眠ると朝まで起きてこないタイプだから、いま起きてしまったのは俺がもぞもぞと動いていたせいだろう。
虎次郎は半端に開いていた目を閉じて、んんん、と唸った。
「早く寝ろよ……」
消え入るように言い残して、太陽のしるしを纏った丸太のような腕が伸びてくる。俺の肩の真上まで来たと思ったら次の瞬間脱力してそのまま落ちてきた。
「おい! 重い……!」
囁き声で怒鳴りつけてもなんの反応も返ってこない。不必要なまでに育ってみっしりと詰まった筋肉が本当に重い。これが首に落ちていたら窒息して死んでいたと思う。身じろいだくらいではびくともせず、もはや寝返りもうてない。
仕方ないから動くのは諦めて鼓動を数えることにした。目の前にある剥き出しの胸に耳を寄せると、あたたかい肌の奥で規則正しいリズムがとくとくと脈打つのが聞こえてくる。
それが何回鳴ったのかは、覚えていない。
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