「──と、ジョーが言っていたよ」
話を聞かされて、薫は思い切り顔をしかめた。「桜屋敷先生」なら絶対に人前では見せない顔だが、いま目の前にいるのは愛之介で、ここは彼の事務所の応接室だ。
その背後に控えている人間のかたちをした彼の犬も見ているが、そこへ取りつくろう必要も別にない。
「あいつどういうつもりだ」
「僕が訊いたからさ。律儀だね彼は」
「そんな話をするために呼び出したのか? 俺は忙しいんだが」
「まさか。ちゃんと先生への商談がありますよ。これは仕事前の……そうだな、アイスブレイキングといったところかな」
「俺とお前でか? ひとのプライベートをネタにして?」
「恋バナというやつを一度やってみたかったんだ」
「やめろ、寒気がする」
薫は手に持っていた扇子を膝に置き、出されたティーカップを持ち上げた。紅茶にはあまり明るくないが、そんな人間でもわかる上等な香りが嗅覚を楽しませる。
愛之介は薫がカップを戻すのを見届けてから耳障りのいい声で問いかけた。彼の本性を知らないひとであったなら、その喉から発する言葉こそ真実だと信じ込んでしまいそうな声。
「ジョーをかわいそうとは思わないのかい?」
「かわいそう?」
薫はフンと鼻を鳴らした。
「些事だろう。肩書きや身体の関係なんて」
それを聞いた愛之介が愉快げに目を細める。薫の言葉をどこまで真に受けているのか判然としないその赤い瞳に向けて、薫はまぎれもない本心を聞かせてやった。
「なんであろうとどうせ死ぬまで一緒にいるんだ」
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