チェリカラ
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「結婚した」
着物の似合う幼馴染が、いつだったか財布失くしたかもと言ったときと同じ口調で言った。
「……は?」
寝耳に水である。付き合いだけは幼稚園のころから無駄に長いが、結婚について話したことなど一度もない。虎次郎と薫は家族でもないし、べったりと仲良しこよしの友人でもない。それでも、もし結婚するのなら、決まった時点で知らされる程度の関係ではあるはずだ。少なくとも虎次郎はそう思っている。だから過去形の事後報告を受けたことに後頭部を殴られたようなショックがあった。
「えーと……誰が?」
「俺が」
「……誰と?」
「紹介してやる。カーラだ」
薫はそう言っておもむろに左手首を持ち上げた。深い藍色の着物の袖から骨ばった腕が覗き、そこにつるりとしたシンプルなピンク色のバングルがはめられている。着物のイメージからは浮いた存在だった。
「……なんだって?」
「カーラだ」
『初めまして、ジョー』
驚くべきことにバングルは光りながら女の声でそう挨拶した。これが生身の女であったなら、なるほどたしかに伴侶を紹介される場面である。だが現実、虎次郎の目の前にいる人間は薫だけで、女の声は喉ではなくスピーカーから発せられた。虎次郎の思い描ける結婚相手の姿からあまりにもかけ離れていて、薫が自慢げに紹介したのがバングルであったことに気づくのに時間がかかった。
「は……初めまして……?」
本当はもっと、なにか言いたかったけれど、言葉がうまく出なかった。
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