桜屋敷薫は嫉妬しない

前戯

「俺が聞くことじゃないけどさ」
 裸の胸に手のひらを滑らせると薫は抗議するように眉根を寄せたが、いまさら抗議されるいわれはないので無視した。重なる肌の色はずいぶんと違っていて、別の人間なのだと当たり前のことを思う。けれどたぶんお互いに、相手の体のことは自分の体と同じ程度には知っている。
「気にならねえの?」
「なにが」
「俺がよく女といること」
 薫は視線を天井から胸元へ移す。ウイスキーのいろの瞳と目が合った。冗談を言っているようには見えなかったが、真剣であろうとベッドでする話ではない。相手が薫以外であったなら。
「その話は床にピアスが落ちていたのと関係があるか?」
「なんだそれ」
「さっき踏んだ。忘れ物の確認と掃除くらいしろ」
「ピアスは?」
「捨てた」
 虎次郎は、ふうん、と曖昧な相槌を打った。手元にあったところでどうせもう会わないのだから返すこともない。そもそも相手の連絡先も知らない。かろうじて本土からの観光客だと話していたことだけは覚えているが、そんな情報でなにができるはずもなかった。
 もし連絡先を知っていて、気軽に会える距離にいるなら、ピアスを返すついでにもう一回やれたかもしれない、そのくらいのことだ。
「さっきの質問の答えだが」
 胸から脇へ滑る手を咎めるように薫は虎次郎の脛を蹴った。理不尽な暴力だ、相手が虎次郎以外であったなら。
「気にならないな」
「かわいくねぇの」
 予想はできていた回答に対し子供のように拗ねてた声を出してみせると、薫はふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らして口の左端を上向けた。歪められた口元に、何年経っても、ピアスホールの跡を確認してしまう。
 薫はそんな虎次郎の視線などとうに慣れたもので、含まれた熱をそのまま受け流し、ワインの銘柄を指定するときと同じ口調で言った。
「だってお前、俺のこと好きだろう」
 腰骨の上のあたりを撫ぜていた虎次郎の手が止まる。夜は長い。

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