ヒール履かせたい虎次郎
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「さっきのビーフの結果だけど」
「なんだ、早く言え。爆速で終わらせてやる」
「これを履いてほしい」
「……………………」
「履くだけでいい! こんな高いヒールで歩けとか言わねえから!」
「歩かなくていいのか?」
「えっ?」
「蹴ったり踏んだり履いた靴を舐めさせたりしなくてもいいのか?」
「なんでそんなにやる気なんだ?」
ベッドに腰かけるときしりとささやかな音が鳴った。たいして大きくもないその音が今はやけに耳に残る。
薫はそのまま脚を組んだ。着物の裾が膝からすべり落ちて白い脛があらわになる。普段着の、いつもの着物姿だ。
──足に真っ赤なハイヒールを履いていることを除けば。
「これでいいのか」
ゆらり、赤に包まれた爪先を揺らしてみせる。草履に比べるとハイヒールはひどく重たく、世の女性はこんなものを履いて歩いているのかと感心してしまう。
砂を噛むような声にも虎次郎は動じない。薫の真正面に片膝をつくと、頭上から突き刺さる視線もものともせずに、分厚い手のひらでヒールの底をそっとすくい上げた。薫の足にかかる重さがやわらぐ。
「舐めていい?」
虎次郎の目は薫の爪先、部屋の明かりを浴びて光る赤色を凝視したまま。
「……お前……」
「汚くねえよ。新品だし、綺麗にしてある」
「そのことに引いてるんだスカタン」
ビーフの結果は絶対。賭けは覆せない。敗者にできることはせいぜい嫌悪の表情を見せることくらいだ。
薫は奥歯を噛みしめ、はぁ、と重々しく溜息をついた。
「勝手にしろ。お前のビーフのカタだ」
「なら、……いいか?」
「勝手にしろと言ってる」
「だからだよ。俺のビーフのカタなんだろ?」
このあいだのビーフは虎次郎が勝ったから、虎次郎が好きなようにする。
美しく凶暴な足に新品のピンヒールを履かせて、好き勝手にするのではなく、跪いて、許可を待つ。
「……薫」
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