薫とランガと暦
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「見るに耐えん」
言うまいか迷ったが、と前置きして、薫が言った。横顔の白い頬を、クレイジーロックのオレンジの照明が照らしている。
「なにが?」
目的語のない突然の駄目出しに、言われたランガが隣で首をかしげる。
当然の疑問に薫は言葉を付け足した。
「お前の字だ」
「ああ……」
「チェリー、こいつの字知ってんの?」
ランガの奥にいた暦がひょいと顔を覗かせた。くるりと見上げる瞳は意外だと訴えつつ、わずかに共感も混じっている。ランガの書いた字を見る機会は、薫よりもはるかに多い。
「バイトの面接に来たからな」
「あー、履歴書……」
「俺の仕事を知っているとは思えない字だった」
「そういえば、時給しか見てなかった」
「お前なあ……」
薫は最初から学生を雇う気はなかったので、あのとき年齢を理由に断ったのは嘘ではない。
ただ、ランガが成人していたとしても、あの履歴書では採用しなかっただろう。
「帰国子女なのは知っているが、今は日本語を使うだろう。テストの回答を書けても文字が読めなかったら意味がない」
「確かに……」
「あ、じゃあ、チェリーに教えてもらえば?」
暦の思いつきを受けてランガがぱっと顔を向けるが、薫からしてみればそんな期待をされてもと言いたい。
もちろん薫はプロとして指導することはできる。だがまずは本人の上達する意思がないと始まらない。スケートと同じだ。
「硬筆なら小学生用の書き取りを百回やれば嫌でも上手くなる。もし毛筆をやりたいなら月謝を持って来い。初級者向けの教室に入れてやる」
「百回……」
「七日たちが持ってるドリル見せてやろうか?」
「暦、馬鹿にしてる」
「してねえよ」
むっとして口をへの字に曲げたランガが、ふとその固さを解く。離れたところに、チェリーと親しい──と本人に言うと怒られるだろうが──みどりの頭が見えた。ファンの女性たちに囲まれて楽しげに話している、いつもの光景だ。
「ねえ、ジョーはどんな字を書くの?」
「……読めなくはない」
「チェリーみたいに綺麗じゃない?」
「馬鹿言うな。雲泥の差だ」
「ウンデイノサ」
「すげー違うって意味」
暦が大雑把な説明を入れる。薫が否定しないので、ガンリュウジマのときとは違って今度は合っているのだろう。
生まれ育ったのとは違う言語を、ネイティブと同じように扱うことは難しい。文字も、言葉も。
薫や暦もそれはわかっているのだ。ただ、読めないと困る、というだけで。
「もうちょっとくらい丁寧に書くように頑張るけど……それ以上、字が綺麗でいいことってある?」
「俺にそれを訊くのか?」
薫はふぅと溜息をつくとランガへ向き直る。それから、一足す一は二だと教えるような口調で言った。
「金になる」
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