コウジとべる。pride-KING OF PRISM ver.-大好き
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アポイントはとっていなかった。絶対に今日会わなければいけないわけではなかったし、先方に要望を伝えて改めて日取りを決められればそれでいいと考えていた。
だから、ベルローズの建物を訪れて、真っ先にべるの姿を見つけて驚いたのだ。
「あら」
それはべるも同じだったらしい。入り口から入ってきたコウジの姿を認めて、わずかに目を見開く。
「神浜さん。珍しいわね」
「お邪魔します」
「どうぞ。誰かに用事かしら? おと?」
一番におとはの名前が挙がるのは、いとと親しいからだろうか。見当違いの問いかけに、コウジは微笑んで首を振った。
「いや、用事があるのは……」
目の前の少女を見つめる。美しく、自信に溢れ、ただ立っているだけの今でも煌めきを放っている、現プリズムクイーン。
「蓮城寺さん。きみに」
べるは不意をつかれたようにぱちぱちと瞬きをして、詳細は訊かずに頷いた。
「それなら、そこで話しましょう」
べるが示したのはロビーに並べられた丸テーブルだ。いくつか並んでいて、休憩をしたり簡単な打ち合わせをしたりするのに使えるようにしているのだろう。べるは受付のスタッフにお茶を運ぶよう告げてから窓際のテーブルについた。コウジもその向かいに腰かける。昼すぎの白い光が窓越しに降り注いで、室内を、べるの顔を明るく照らしている。
「ごめんね、突然時間を取らせて」
「ちょうどレッスンを終えたところだし構わないわ。それに、わざわざ来るなんて、大事な用なのでしょう?」
コウジがべるとこんなふうに話したことなんてほとんどない。ふたりきりで話すのは、もしかしたら初めてかもしれない。それでもべるはコウジのことなどよく知っているとでもいうような態度だったし、コウジにしても似たようなものだった。ふたりの間には、ひとりの少年が立っている。
「実は、連城寺さんにバイオリンを弾いてもらいたくて」
「バイオリン?」
「きみじゃなきゃいけないんだ。残念ながら僕はバイオリンは弾けないし、他のひとの演奏でも、打ち込みでもだめなんだ」
スタッフが紅茶を運んできて、コウジとべるの前に置いた。ふくよかな香りが立ち上る。
「これは、ヒロのための曲だから」
コウジはそう言って、テーブルの上に楽譜とプレーヤーを並べた。べるがそこへ視線を落とす。
「『pride』……」
「プリズムキングカップ用のアレンジを作っているんだ。これにバイオリンを入れたい。きみのバイオリンを」
べるがイヤホンをつけたのを確認してから、コウジは曲を再生した。メインのバイオリンが入っていない、もちろんヒロの歌も入っていない、未完成のインストゥルメンタル。
「譜面は作ってあるけど、できたら感じたように弾いてほしい。大舞台に立つ、ヒロの隣で弾くと思って」
べるが瞼を下ろして聴き入っているのを見つめる。ヒロも曲を聴かせると、こんなふうに目を閉じて、少し首を傾げて聴くのを思い出して、見つからないように笑った。
聴き終えたべるが瞳を見せ、イヤホンを外す。
「弾いてもらえるかな」
「断るなんて思っていないのでしょう?」
べるは紅茶を一口飲んで立ち上がる。堂々たるクイーンの眼差しは、今ここにはいない男を見据えているように見えた。
「スタジオが空いているはずだから、今録りましょう」
収録は一度きりで終わった。いくらでも録り直しがきくが、べるは最初の一回に全力を注いだし、コウジにとっても十分すぎるほどの演奏だった。
ヒロはきっとこの曲で素晴らしいショーをするだろう。その光景が浮かぶようなバイオリンだった。
「ありがとう」
「ううん、こちらこそ」
べるはバイオリンを手に、昂ぶった気持ちを落ち着けるように深く呼吸した。口元で弧を描き、エメラルドの瞳をきらきらと輝かせてコウジを見る。
「この話を私のところへ持ってきてくれてありがとう、神浜さん」
きっとべるも、同じ光景を思い描いている。
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