コウジといと。「コウジの歌で出たいんだろ?」の後
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『いとちゃん』
通話ボタンをタップした瞬間に聞こえてきた声は、すこし疲れているように聞こえた。顔が見えなくても、そのくらいはわかる。
でもそんなことは訊かない。彼はきっといとには知られたくないだろうから。
『元気にしてる?』
「うん」
いとの生活には特段の変化はない。高校に通いながらプリズムショーをして、それから。
「……今日、あいつが来たよ」
名前で呼ばなかったのは、それで通じると思ったからだ。
「prideが使えなくなったから……コウジの置いていったあの歌を渡したんだ」
『うん、ユウからメールもらったよ。面白いアレンジだね。いとちゃんとふたりでやったんだって?』
「あたしはただ横から口を出しただけだから、褒めるならユウを褒めてやって」
海の向こうからクスクスと笑う声が聞こえてきて、悪い意味ではないのだろうけれど座りが悪い。
本当のことだ。メインのアレンジはユウがやった。いとはユウが音を重ねていくのを隣で聴きながら、こうした方がいいとかその音は余計だとか少し手を加えただけ。
だってこの歌は、ヒロがプリズムキングカップで使うコウジの歌だ。中途半端な状態でフィニッシュさせるわけにはいかなかった。
『プリズムキングカップまでには必ず帰るから』
「そんなこと……」
無茶だ。いまコウジが抱えている仕事は彼が今までに手掛けたどの仕事よりも重く大きい。
けれどコウジの言葉には迷いがなかった。その声を聞くと本当にそうなるのではないかと思える。いつかいとに、きっと乗り越えられると言った、そうして乗り越えた、あの時ときっと同じ顔をしている。見えないけれど、目の前にいるかのようにわかった。
「……うん、待ってる」
『ありがとう』
コウジの声はやっぱり少し擦れて、眠気のせいだけではないように聞こえる。それが早く帰るために頑張っているからだとしたら、いとにはもうなにも言えなかった。
『もう切ろうか。おやすみ、身体冷やさないようにね』
向こうは十六時間前の早朝なのに、当たり前のようにそんな挨拶をくれる。
「コウジも」
そうして、通話はあっけなく切れる。
忙しい中電話をくれるのは嬉しいし、大切にされていると思う。それでも顔が見られないのはどうしたって寂しかった。
早く顔が見たい。いとにとってそう思うのがコウジひとりでも、コウジにとって顔を見たい相手はいとだけではないだろう。だからこそ、プリズムキングカップまでにと言ったのだろうから。
プリズムキングカップは彼らの舞台だ。いとにできることなんてほとんどない。身勝手な理由が含まれているとしても願わずにはいられなかった。
早くコウジが帰ってきますように。
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