新開と田所で泉田の話。インターハイ三日目
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自分の選択と今の状況に対して未練はあったが後悔はなかった。優勝争いからはぐれたコースは先頭集団の激闘が嘘のように凪いでいて、箱根の空や風はこんな色を匂いをしていたのかと、三日目の終盤になってようやく感じられた気分だった。恐らくきっと、隣を走っている彼も。
「そろそろクライマーが前に出る頃かな」
「どっちが先に出てんだろうな」
「学校が? それとも学年の話かい?」
この話題に興味があるのかないのかまるでわからない調子で云いながら、新開は補給食のパッケージを破いた。機能面に配慮されているとはいえ収納量には限界があるサイクルジャージの、どこにそんなに溜め込んでいるというのか、しかし田所とて先程譲り受けたそれに随分と助けられたのも事実。
口元へ向けられた視線に気づいた新開が更に補給食を差し出そうとするのを、先んじて首を振り遮ると、なにが残念なのか新開は軽く肩を竦めてみせた。
「前の様子も当然気になるけど、後ろもね」
「後ろか……まあ、こうなったらあとは無茶してリタイアするよりも完走するのが第一だからな」
「来るよ」
「あ?」
のらりくらりと躱すような会話をしながら、インターハイ三日目の後半でありながら、新開のペダリングはぶれない。真っ直ぐにゴールへの軌跡を踏みしめてゆく。
「ウチの泉田は、じきに追いつくよ」
「そりゃ結構な自信だな。きつそうに見えたが」
「きついさ。当然だ。でも」
予兆もなく、田所へは脇目もふらずに新開が前へ出た。その斜め後ろからの顔つきと背中を田所が認識し、置いて行かれまいと――完走が第一と云ったことはすっかり忘れて――ペダルを踏み込み追いつくまでの間、新開の声が風に乗る。
「あいつは次期エーススプリンターだからね」
すぐに真横につけた田所を見やり、新開は分厚い唇でにいと笑った。コースのラストに待ち構える登りまで、あと5km。
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