机上の並走

一年生泉田と二年生新開。RIDE183をうけて

「踏み込め!」
 既に全力を出し切っているつもりの泉田の隣で、新開が泉田のペダリングを注視したまま短く叫んだ。はいっ、と答えるのと同時に両脚に力を込め回転数を上げる。サイコンに表示された数値が上がってゆくのを見て血液が沸騰するのがわかった。
「踏み込め、そこだ、踏み込め!」
「はい!」
 新開の声は、集団を引く先陣のように泉田を引き上げる。筋肉が限界まで暴れて、全身が汗だくになって、それでも止まることがないのは新開が踏み込めと繰り返し云うからだ。
 あなたが引いてくれるならばいくらだって回せる、と身体のどこかが叫ぶ。
 同じ速さで走っているはずなのに新開にはまだ余力が残されているように見えて、それがたまらなく眩しかった。

 ひとり居残った部室、ローラー台の上でひたすらペダルを漕いでいるだけなのに、あの日新開がすぐ側で繰り返した声を思い出すだけで、どこかへ飛んで行けそうな気分だった。
 ――新開さんは? 休むことなく脚を動かしながら、ふと思った。新開がペダルを踏み込む姿をいつから見ていないだろう。集団から、弾かれるように飛び出して駆け抜ける強烈なスプリント。一呼吸前とは明らかに違う空気、新開によって鮮やかに変えられた空気。僅かでも嗅ぎ遅れた者はあっという間に取り残されてしまうその残忍さはまさしく鬼のようで、同じスプリンターとして惚れ込まずにはいられなかった。あんなふうに直線を走ることができたら、世界はどう見えるのだろう。
 憧れて、目標にして、同じ部で一緒に走れることが嬉しくて、指導してもらえることは夢のようで。
 息を切らせながら、やけに澄んだ思考はタイヤと一緒に同じ場所を回り続ける。新開さん。あなたがペダルを踏み込む姿が見たい。
(踏み込め!)
 記憶の奥で新開がまた云った。サイコンのケイデンスは泉田が今までに見たことのないような数値を示し、さらに上昇してゆく。

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