昼休みには本多と一緒に弁当を食べるのが日課だった。《佐伯》にあんな対応をされて以来、周囲の人に話しかけることに消極的になったオレとは対照的に、本多は入学して数日後にはクラスメイトの大半と仲良くなっているようだった。正直なところそれは少し羨ましかったけど、オレは本多ではないので同じように振る舞うことはできない。
そんなわけで、クラスメイトの情報はいろいろと本多経由で入ってくるのだった。クラスメイトだけじゃない。他のクラスの新入生のこと、果ては先輩や教師の評判までどこからか仕入れてきて、オレに聞かせるのだ。
「御堂? ああ、さも当然のように学級委員になってやがるけど、俺はいけ好かねえな。別に何かされたってわけじゃないけどよ。相性ってあるだろ? 俺と御堂は相性が悪いんだよ。きっと向こうもそう思ってるぜ」
とか。
「二組にすげえ奴がいる! 松浦宏明って、克哉も名前くらい聞いたことあるだろ? あんな名セッターと同じ学校なら、うちのバレー部はあっという間に全国まで行くに違いねえ!」
とか(ちなみにここは五組)。
オレはそこまで積極的に情報収集するわけじゃないけど、本多がこうやって学校の話を聞かせてくれるのは好きだった。高校がとても楽しい場所のように思えたし、いつも楽しそうにしている本多を見ていると、それだけでこっちも笑顔になれる。
だから、御堂さん(なんとなくさん付けで呼んでしまう雰囲気があって、本人もなにも云わないのでこう呼んでいる)のことを話す時だって眉を顰めつつ口元は笑みの形をつくっていた本多が、ただひとり彼についてだけは表情を収め、声を小さくしたことが気になった。
「お前の後ろに座ってる《佐伯克哉》な、うまく云えねえけどよ、……気をつけろよ」
「は?」
本多がこんなに神妙に、曖昧なことを云うなんて珍しい。冗談の雰囲気は、欠片もなかった。
「東中出身の奴らからいろいろ聞いたんだけどよ。なんか、得体が知れないんだよな。夜、妙な店から出てくるところを見たとか、怪しい男と一緒にいるところを見たとか、そういう話が結構あるらしい」
「なんだよそれ。噂だろ?」
いかにも噂話らしい、根拠のない話だ。その店や男が本当に危険なら「気をつけろ」の意味もわかるけど、そうじゃないならそこまで深刻になる必要はないと思う。
でも本多は引き下がらなかった。むしろ身を乗り出すようにして話を続ける。
「そんな軽いものじゃないんだって。目撃情報が一度や二度なら俺だって聞き流すけど、何人もがいろんな時期にそういう姿を見てるらしいんだ。それにあいつ、雰囲気がこう、独特だろ? やけにすかしてるっつうか、周りに馴染まない感じがする。それもやばいことしてるせいだって思ってる奴もいたぜ」
それはいくらなんでも話が飛躍しすぎだ。本多が真剣にオレのことを心配してくれているのはわかるけど、いまいち現実味や具体性がなくて、素直に聞き入れる気にはなれなかった。
それに、他人とはいえ同じ名前の人間のことを、こんなふうに云われるのは嬉しいものではない。
「わかった。そういう話があるってことは覚えておくよ」
「克哉」
「大丈夫、少し話をしただけだよ。大体あいつが本当にそんな危ないことをしてるとして、それにオレを引っ張り込むと思うか?」
本多はまだなにか云いたそうだったけど、チャイムに遮られてそれは声にはならなかった。
そうやって過ごしているうちに、本多づてでクラスメイトたちとも仲良くなった。他愛のないやり取りをしながら、こんな平々凡々な生活が自分には合っているのだとしみじみ感じる。特別なことなんてなくていい。小さなことを楽しいと思えるのなら、それで十分だ。
《佐伯》が校内のすべての部活に仮入部したらしい、なんていう珍妙な話を小耳に挟みつつ、オレは彼との交流をほとんどもたないままに四月が過ぎていった。
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