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「体の一部を触れながら10のお題」1.髪。ナチュラル分裂同棲

「タオル、置いておくからな」
 声をかけて、云ったとおりにタオルを脱衣所へ置いたら、そこに持ち主の手を離れた眼鏡があって。
 だからつい好奇心を刺激されてしまったのだ。
 特に何か気をつけていたわけではないのだが幸い視力はあるので、眼鏡を使ったことはなかった。そのせいか、手に取ったそれ自体は珍しい物でもないのに、ついまじまじと見つめてしまう。
 洗面所の鏡に映った自分の顔と眼鏡を見比べて、克哉はそっと、その蔓を髪の隙間に差し込んでみた。同じ外見の人間が常用しているのだから当然といえば当然なのだが、眼鏡は違和感なく克哉の顔に納まった。
 再び、鏡に目をやる。
 見慣れない自分の姿がそこにあった。自分の顔なのに、いつもとは違う。眼鏡もすっかり見慣れたもののはずだったが、やはり使っているのが持ち主ではないせいか、どこかしっくりこなかった。
 今シャワーを浴びている『彼』は眼鏡をかけると、かけていない時よりも大人びて見えるのだが、克哉は逆に若返ったように見える。
(なんか……学生みたいだ)
 そう思って、自分でダメージを受けた。これでも自分なりに頑張っているつもりなのに。しっかりやっているつもりなのに。
 どうしても彼ほど尊大な自信は持てなくて、情けない顔つきになってしまう。眼鏡をかけたくらいでは誤魔化せないほどに、彼と克哉は違っていた。
(もともとの造りは同じなのにな。――いや、)
 そうっと、眼鏡にかかった前髪に触れる。最後に切ったのはいつだったか、結構伸びてしまっているそれは、克哉と、眼鏡をかけたもうひとりの克哉との、外見上の相違点。
 真ん中よりもやや右側で、前髪を左右に掬う。
 普段は隠れている額が覗いて、それが妙に落ち着かなかった。目を細めてみると少しだけ、もう一人の自分に近づいたような気がしたが、それでもそこに映っているのは紛れもなく克哉の顔。
(オレとあいつは同一人物なのに、なにもかもが違う)
 そのことを、今更どうこうと騒ぎ立てるつもりはない。克哉にないものを彼が持っていて、同じように、彼が得なかったものを克哉もきっと持っている。
 そうでなければ、こんなに惹かれることは、なかった。
「――何をやっている」
「うわっ」
 鏡を睨んだまま動かない克哉を訝るような声が届いて、思わず前髪から手を離した。それはさらりと元の位置へ戻り、普段の克哉の髪型になる。鏡に映るのは、ただ眼鏡をかけただけの克哉の姿。
「び、びっくりした……タオルならそこに、」
 云いながら、浴室から出てきた彼へと視線をやって、そこで言葉が途切れてしまった。
 いつもきっちり分けられている前髪が、濡れて額に張りついている。それはまるで克哉のようで、けれど射抜くように克哉を見る目は、どう見ても克哉のものではない。
 前髪とか、眼鏡とか。そういうものは結局、記号でしかないのだ。
「何がおかしいんだ、お前は」
「なんでもないよ。はい、これ」
 肩を揺らしながら、外した眼鏡を相手へ返す。
 受け取った眼鏡をかけたもう一人の克哉は克哉の髪をぐしゃぐしゃと無造作に掻き乱して、お前も早く入れ、と笑った。

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