マち歩き後、ヨザックとコンラート
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「殺してくれなかったのかよ」
死にかけた人間が久方ぶりに寄越す挨拶にしてはずいぶんと物騒な言葉だ。コンラートは眉を顰め、甲板に吹きつける海風を浴びながらゆっくりと振り返った。
眞魔国に戻ると決めてから、コンラートは大シマロンの外交使節としてたびたび血盟城を訪れていた。シマロン側に遺恨を残さず復帰するのは容易なことではなく、今はまだシマロンの者として、あちこちに小さな布石を置いてはじりじりと戻る手はずを整えている。
今回の訪問もその一環だった。魔王へ短い謁見をし、王佐閣下と最低限の会談をする。公的な場に異国の遣いとして立つからにはどうしてもその立場にそぐう態度しか取り得ないが、顔を見られるだけでも今は十分すぎるほどだった。
一度や二度の訪問で状況ががらりと変わるものでもない。予定通りのささやかな成果を土産に乗り込んだ移動の船の中、耳に馴染む飄々とした声がかけられたのだ。
鮮やかなオレンジの髪に、コンラートよりも逞しい体躯。青空を溶かしたような瞳は、以前よりも凪いでいるように見えた。
「……ヨザ」
意識を取り戻したことは先の謁見の終わりに魔王陛下から聞いた。言いたくてたまらないことを話す子供のような顔で、黒い瞳はかすかに潤んでいた。そうですか、と頷くことしかできなかったのは、立場のせいだけではない。
とはいえ死んで蘇ったのか、死にかけて耐えたのか、重症であったことは確かだから、まだ城の中で寝かされているか、快復のためにリハビリでもしているのだろうと思っていた。どちらにせよ異国の使節には確かめようのないことだ。それがこんなふうに以前と変わらぬお庭番の姿で現れるとは。
「どうしてここにいる」
「どうしてって、お使いで」
グウェンダルの命令で動いているのなら、それ以上のことをヨザックは話さないだろう。コンラートは短く溜息をついた。冷たい風が水面を荒らし、船を揺らす。甲板に他の乗客はいない。
「てっきり隊長が殺してくれるものだと思ってたのに生き延びちゃったから、使いっ走りの現場復帰よん」
わざと当てこするような言い方を選ぶと、コンラートは苦い顔をした。
「お前が死んだら、ユーリが悲しむ」
「ああ!」
ヨザックは芝居がかった驚嘆の声をあげた。コンラートの眉間に不快そうに皺が寄るのを見て、口の端を歪ませる。
どうせろくな言い訳は聞けないだろうと思っていたが、それにしたって最低の言葉だ。
「あんたの言えたことじゃないと思うけどね、ウェラー卿」
喧嘩をしたいわけではない。責任を取れとも思わない。ただ再会できたらこれだけは言ってやろうと決めていたのだ。コンラートが離れている間、我らが魔王陛下の護衛としてそばに控えていたのはヨザックだった。コンラートの知らないユーリの姿を、ヨザックは知っている。
「お前さんがそんな服を着てるせいで、坊ちゃんがどれほど胸を痛めたか」
ヨザックとて、コンラートが考えなしにそんな行動をとったとは思っていない。コンラートには彼の考えと決意があって、そしてそれはコンラートにしかできないことだった。好きで離れたわけではないこともわかっている。なにしろこの男ときたら世界がユーリを中心に回っているどころかユーリで世界ができているのだ。すべての言動はユーリに帰結する。
けれどコンラートのやったことがいくらユーリのためであろうと、ユーリが苦しんでいたことの免罪符にはならない。
心優しい主はヨザックがコンラートを責めることを喜ばないだろう。それでも言わずにはおれなかった。どんな理由であれコンラートはヨザックの大好きな主を傷つけたのだ。これは単なる個人的な怒りだ。イェルシーに操られたヨザックに対してもユーリは心を痛めていたし、一介の兵士にはもったいないほど気をかけてもらったが、それについては堂々と棚上げした。
コンラートは眉間の皺をいっそう深くしてヨザックを睨みつけた。今の上司にそっくりだ、とヨザックは声に出さず思う。
「早く帰って来いよな」
言いたいことは、つまりそれだけだ。ヨザックは船室へ向けて歩き出し、背後の幼馴染みに向けてひらりと手を振る。
言われなくても、と拗ねたような声が潮風にのって背中に届いたので、ヨザックは喉を鳴らして笑った。波はさっきよりもずいぶん穏やかだ。目的地までそう時間はかからず着けるだろう。
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