ぐずぐずなふたり
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伸ばした手は触れる前に、酔いが回っているとは思えないほどの素早さで叩かれた。ぱしんと乾いた音が静かな部屋に鳴る。
「……なんだ」
それはこっちのせりふだ、とルキーノは思った。なんだ、今の反応は。
「そっちこそ。こんなもの、気にすることもないだろう」
今更、と。
わざと刺激する言葉を選んで密やかに囁いてやると、案の定眼鏡の奥、据わった眸がじろりとルキーノを睨みつけた。
本人はいつだって澄ましているつもりなのかも知れないが、こういうところはわかりやすい。そもそも澄ましているのは取り繕った結果であって、本当はその裏で地位に相応しい野心を燃やしていることを知っている。
「気にしているわけじゃない」
ベルナルドは不機嫌さを隠しもせずに吐き捨てて、ウイスキーのグラスを呷った。何杯目だ、普段あまり胃にものを入れないくせにアルコールばかり摂取していて身体にいいはずがないと思ったが、ルキーノは黙っていた。
そういう衝動に襲われる日もある。少なくとも、薬に逃げたり銃を咥えたりするよりはずっと平和な解消方法だった。
「お前は、」
不意に声が耳に届いて、ルキーノはグラスを掴んだままのベルナルドの手指へ落としていた視線を上げた。中身を注がれてから随分と時間の経ったグラスはすっかり汗をかいて、ベルナルドの指先を濡らしていた。
「お前は、どこにも、行かないか」
誰に云うのでもないような、抑揚のない声だった。
「行かない」
即答して、今度こそ赤みの差した頬に触れる。熱い。いつもならルキーノの方が体温が高く、触れる度に冷たいと思うのに。
ベルナルドはその手を払わず、深く息を吸って目を閉じた。
(――嘘つきめ)
胸のうちだけで罵って、覆い被さってきたルキーノに応えるようにくちびるを薄く開く。すぐにぬるりと舌が侵入してきて、ベルナルドはぎゅうと目元に力を込めた。
ジャンカルロが二代目カポに就任した日の夜だった。
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