GDジャンとCR:5ベルナルド。酷いジャン注意。死人が出ます
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倉庫の中は薄暗く、湿っていた。本当はすぐにでもこんなところから出て行きたかった、けれどそうしないのは、そこに彼がいるからだ。
「なんだよベルナルド、幽霊でも見たようなツラしやがって」
そう云ってその男はいつかと同じように笑った。あまりに記憶の中の表情とそっくりで、ともすれば状況を忘れそうになる。
ベルナルドは逸る鼓動を抑えつけながら、不自然にならないように手を胸へ這わせた。硬い感触。弾も装填してあるはずだからすぐに撃てる。――そんなことをせずに済むのが最善だが。
「……ジャン……」
「よかった、忘れられてたわけじゃないんだな」
忘れるものかお前のことを一分一秒たりとも忘れはしなかったずっと焦がれていた恋のように。
けれど声に出しては、掠れた情けない声で名前を呼ぶことしかできない。
「どうして……」
「『どうして』? なにがだ?」
なにが……? 俺は一体なにを訊きたいんだ?
「俺がなにも云わずに姿を眩ましたことか? 今ここにいる理由か?」
云いながら、ジャンカルロは着ていた黒いシャツの裾を持ち上げる。そう、その暗い色のシャツにも違和感があったのだ。いつもの明るい、彼によく似合っていた色のシャツはどうしたんだ?
「これが答えだ。……ああ、こっちも見せた方がいいか?」
右手は裾を持ち上げたまま、左手で白いタイを緩め、シャツの襟を開く。
「……!」
そこにあったはずのCR:5のタトゥーはどこにもなく、代わりに爛れた皮膚が覗いた。裾から見えた細い腰にあるのは、見間違えようもない、GDの。
「ジャン……! ジャン、どうして……!」
「言葉が足りてねえよ、質問の意味がわからねえ」
ベルナルドのせりふを突き放して、ジャンカルロは腕をまっすぐにベルナルドへ向けた。その手にはいつの間にか銃が握られ、照準はベルナルドにぴたりと合わされたまま動かない。
まるで手品のようだった。CR:5で一緒にいた頃、ジャンカルロが銃を扱っているところを見たことなどほとんどない。
「親父にもあんたにも、すげえ感謝してる。俺、喧嘩はあんま強くないけど、あんたたちについて回ってたおかげでだいぶ付加価値がついてるんだ」
「それを武器にして、やつらに……GD、に、取り入ったって云うのか……?」
ジャンカルロは答えない。言葉では。
「いいのか? このままだと、俺があんたを撃って終わりだぜ?」
反射的にベルナルドはスーツの内側へ手を入れた。取り出し、セーフティを解除し、銃口を向けるまでの間も、ジャンカルロは動かない。いっそ撃ってくれればよかったのにと、思ってはいけないことを頭の片隅で思う。
誰よりも、銃を向けたくない相手だった。だが、立場と状況を鑑みると、そうせずにいることはできない。ジャンカルロもおそらくそれを理解してこの空間を作っている。
「……ジャン」
からからに乾いた喉から必死で声を絞り出す。
「確認させてくれ。お前は今、GDの構成員で……CR:5に敵対しているんだな」
「今更だな。タトゥー、見せてやっただろ?」
「こちらへ、戻ってくる気は?」
「ありえねえ」
低く、鋭い声だった。
「それが本当なら、俺はお前をここから出してやるわけにはいかない」
「そうねダーリン、寂しいけどここでお別れだわ」
ジャンカルロがすうと目を細める。それが合図だった。
人差し指にぐっと力を込める。ジャンカルロも全く同じ動作をするのが見えた。限界まで研ぎ澄ませた聴覚に、銃声が、ひとつ。
――ひとつ?
「ぐっ……」
胸に強い衝撃があったことを認識した次の瞬間には血を吐き出していた。銃を握ったままの手にそれが零れて赤く染まる。べたりと生温い感触が気持ち悪かった。
撃たれた。痛みと震えが全身を支配する。撃たれてもおかしくない状況だということを頭では理解していても、信じたくない気持ちの方が勝った。けれど胸に空いた穴こそが認めるべき現実なのだということを、知っていた。
なぜだ。今の――
引き金の、冗談のように軽い感触はなんだったんだ?
「ベルナルド」
まるで恋人に囁きかけるような甘い声。優しい顔。
「今日、その銃の手入れした兵隊のこと、覚えてるか?」
訊ねられ、思い出す。随分と長いこと自分の手足となって動いてくれている兵隊だ。大事な伝言も彼に預ければ必ず届くし、留守の間を任せることだってできる。陰謀の絡み合う組織の中にあって、信頼をおける数少ない部下だった。
「あいつ、いい奴だよな。下っ端のくせに幹部のあんたの周りをちょろちょろしてた俺にもよくしてくれてさ」
――まさか。
信頼している部下の、聡明な顔立ちが脳裏に浮かぶ。脅されたのか、それとも――裏切ったのか、ジャンカルロと共に?
信じられない思いでジャンカルロの顔を見る。歯が噛み合わずにかたかたと不愉快な音を鳴らした。
ジャンカルロは、そんなベルナルドを見てにっこりと笑んでみせる。ああ、悪魔は人間の相手をする時、天使を装うのだったか?
胸を抑えたまま、膝から落ちた。手が眼鏡にぶつかって、レンズを血痕が汚す。視界の隅に赤いテロップが浮かんでいるようだった。
「ごめんな。でも、あんたを生かしておくわけにはいかないんだ。他の奴に殺させる気もない。だったら俺がこうするしかないだろ?」
ゆっくりと近づいてきたジャンカルロは舌を伸ばし、ベルナルドの眼鏡についた血痕を舐めとった。その口元がひどく赤く見えたのは血の色か、肉の色か。視野全体が赤みを帯びているような気もしてきた。
吐息のかかる至近距離で、ジャンカルロはやはり、笑っている。
「Buona notte、ダーリン。愛してたぜ」
唇に一瞬のキス。
ジャンカルロはベルナルドからそっと眼鏡を外し、それを上着のポケットへ入れた。ああそれが俺を殺したことの証拠になるのか、とぼんやり考える。耳を削ぎ落されなくてよかった、お前の呼吸がまだ聞こえるから。
こつこつと、決して焦りはしない足音が遠ざかってゆく。扉が開き一筋の光がジャンカルロを飲み込む。それはすぐに閉ざされて、ベルナルドは闇に取り残された。
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