酷いベルナルド注意。「Ring-Ring Backtone」トラック1の後
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「アレッサンドロ顧問とは仲良くやっているようじゃないか」
ニューヨークから届けられたジャンカルロのメッセージを共有し解散した会議の後、ルキーノはベルナルドに呼びとめられて電話部屋に残っていた。人払いをしたのか、部屋の中にいるのはふたりだけで、ベルナルドの兵隊もいない。
昨日の帰りがけに預けた領収書に不備でもあったのだろうか、などと考えていたルキーノは、予想外の話題を振られて一瞬、返答に詰まった。
「あ……ああ、もちろん。カポこそ代替わりはしたが、親父から学ばなきゃならないことはまだたくさんあるからな」
「幹部として?」
「幹部としても……人間としても、な」
そうか、そうだな、などと満足気に答えながら、ベルナルドは空になったルキーノのカップにコーヒーを注ぎ足す。黒い水面が揺れて、凪いだ。
ベルナルドは自分のカップにもコーヒーを注ぎ、彼以外は怪訝な顔をするブラックのままのコーヒーを躊躇いなく啜った。ルキーノはミルクピッチャーを傾けて黒を和らげる。白い渦はすぐに散って溶けた。
「もう顧問を疑ってはいないのか?」
茶菓子にするには重い話題を、ベルナルドがさらりと口に出した。
ルキーノはコーヒーをかき混ぜていた手を止めた。スプーンを引き抜いてゆっくりとソーサに置いてから、ベルナルドを見る。
ぞっとした。
口の端こそ上向いてはいるが、味方に向ける目ではなかった。声を荒げず、手を上げるのでもなく、ただ静かに、ルキーノを追い詰める。
「なんの話だ?」
「俺相手にしらばっくれられるとでも思っているのかい?」
ルキーノは答えない。ベルナルドの武器を、彼が持つ情報の海の威力を、知らないはずはなかった。
けれど三年前のことはあくまでも個人的に抱えている問題であって、ベルナルドに口を出されることではない。妻子の死亡にアレッサンドロが関係しているのではないかと疑っていたこともあったが、それはルキーノとアレッサンドロの間で既に清算されている。
オメルタに跪く身でありながら、ボスを疑っていた。だが、ボスが赦したのなら、それがすべてだ。
黙ったままのルキーノを、ベルナルドは気にするふうもなく眺める。
「俺がお前を糾弾してやろうか?」
「あんたに申し開きするようなことはなにもない」
今度は間髪入れずにそう返すと、ベルナルドはなにが面白いのか、ふふ、と笑った。
「お前の可哀想な妻子のことは、俺には関係ないとでも?」
直截な言葉にルキーノは目を見開いた。ベルナルドはカップを静かにソーサに置き、ルキーノに向き直る。
「その通り、俺には関係ない。お前の愛する家族がどこで誰に殺されようと、それにお前がどう復讐しようと、俺には関係がない。だが」
ベルナルドはソファに預けていた背を前へ起こし、正面のルキーノへ左腕をすいと伸ばした。
「お前がオメルタに背くなら、俺はその口に銃口を突っ込んで引き金を引いてやる」
まるで羽根が掠めるように、指先が唇に触れる。ルキーノが怪訝そうに見やってくるのを、ベルナルドは悠然と受け止めた。
「ルキーノ。……ルキーノ・グレゴレッティ」
名を呼ばれ、誘われるようにルキーノの唇がゆっくりと開いた。ベルナルドはその僅かな隙間に指を差し入れる。中指、そして人差し指。こじ開けた歯列は微かに震えている。口の中は嘘のように熱かった。
「噛みついてくれるなよ。ダイヤルを回せなくなる」
云いながら含ませた指を上下に開くと、ルキーノの顎が上向いた。西洋にこんな拷問器具があったな、とどうでもいい知識を思い出して可笑しくなる。
太い首筋が晒されて、喉仏が上下する。それに合わせて濡れた舌が蠢くのがわかった。ルキーノは呼吸が苦しいのか眉を顰め、それでもベルナルドを睨みつける。
「ルキーノ」
食わせていた指を抜く。唾液がつうと糸を引いた。濡れたままの手を頬に滑らせれば、傷の硬い感触が指に伝わる。
ようやく呼吸を取り戻したルキーノが大きく息を吸う。空気は濁り、ひどく喉が渇いていた。
「忘れるな。お前はCR:5のものだ」
もちろん、俺も。ベルナルドはゆっくりと微笑んだ。その表情のまま、低い声を落とす。
「お前の勝手な行動でジャンに僅かでも危害が及んだら、その時は本当に鉛を食わせるぞ」
ルキーノはSiと答える代わりに両手を挙げた。今のベルナルドになにを云っても無駄だ。
「わざわざ仕事道具のお綺麗な指を食わせてもらわんでも、そのくらいわかっているさ」
「それは結構」
けほ、と軽く咳込んだルキーノを嗤うようにデスクの電話が鳴る。ベルナルドは、部屋を出る時は外にいる兵隊を中へ入れてくれとだけ言い残して電話に応じると、そこにルキーノの存在などないかのように自分の仕事を始めた。
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