憂鬱と歓喜のスープ

Buon Compleanno, Bernard! 今度こそ甘め

 誕生日を迎える瞬間はどうか傍にいて欲しいと希ったのは彼の方なのだ。だからこうして、足元がふらつくまでお偉方にアルコールを被せられてもベッドへ直行せず本部に戻ってきたのに、当の執務室は深夜ということを差し引いても静かすぎるほど静かだった。
 部下はもう下がらせたのだろうか。カポであるジャンカルロへなにも連絡が来ていないということは、非常事態になってはいないはずだが。
「ベルナルド、入るぞ?」
 厚いドアを一応ノックしノブを捻る。控えめな照明の廊下に強い灯りが漏れた。
 果たしてベルナルドは、大きな机に突っ伏していた。過労で倒れたのかとも思ったが、外した眼鏡を手にゆるく持っていたので、仮眠をとるつもりだったのだろう。
「あー……、うん」
 音を立てないようにそっと扉を閉める。近づくと、呼吸に合わせて背中が動いているのがわかった。
 執務机の対面に立って、壁の大きな時計を見やる。次に机上の小さな時計を確認。どちらも一秒たりとも違わず、あと十五分でベルナルドが一つ歳を重ねることを告げていた。
 起こそうとは、最初から思わなかった。ジャンカルロはスラックスのポケットに両手を入れたまま、じっとベルナルドを見下ろす。
「仮眠にしては眠り深すぎねえか?」
 苦笑混じりの問いに、もちろん返答はない。
「約束は、ちゃんと守ったからな」
 ジャンカルロはソファに身体を投げ、ベルナルドの姿を視界に入れたまま、秒針の音を聞く。車に揺られている時のように眠気が忍び寄ってくるのがわかった。ああ、そういえばさっきまで散々飲まされていたのだったか。酔った身体が眠くなるのだから、仕事で疲れた身体が眠くなるのも当然の道理。
 零時になれば掛け時計が鳴って、きっとベルナルドは目を覚ます。この状況に焦るだろうか、困るだろうか。なぜ起こさなかったのかと渋られるかも知れない。なんだっていい、だって明日は、彼の誕生日なのだ。
 瞼はごく自然に下りてきて、ジャンカルロはそれに逆らわなかった。

 時計の音でまずベルナルドの身体が起き、次いで意識が覚醒した。周囲に目を走らせて状況を確認すると、一気に様々の感情が襲ってきて思わず頭を抱える。
 そうしてみてもなにも変わらないのはわかっているので顔を上げると、眠っていると思っていたジャンカルロが、ソファに寝そべったままはっきりとこちらを見ていた。その顔を見た瞬間、直前のすべてがどうでもよくなる。
「歳をとるなんて、憂鬱なイベントでしかないと思っていたんだ。昔は」
 ジャンカルロはベルナルドの言葉を受け流すようにさらりと笑う。
「昔話をするほど老けてはいないんじゃないかしら、ダーリン?」

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