後ろ手の光

ベルナルド。一度目の収監中

 がしゃん、と扉の閉まる大袈裟な音とともに、ベルナルドは世界から隔離された。
「……っは、はぁ、はぁ……」
 重い身体を引きずって部屋の隅まで歩く。屈みこみ、薄汚れた便器の縁に手をついて頭を伏せた。まだ全身を揺さぶられているような気がする。耳元には下卑た笑い声がこびりついている。汗と、血と、精液のにおい。
「地獄に堕ちろ、豚野郎……!」
 誰にも届かない罵りを吐き捨て、ベルナルドは口を大きく開けて喉奥へ指を突っ込んだ。ぐ、と身体の底からせり上がってくる感覚。先程までの行為を思い出した全身が不快感に震える。じわりと視界が滲んだ。気持ちが悪い!
 内臓を逆流してきたものを勢いのまま吐き出すと、口の中に苦味が広がった。もうなにもかもが疎ましい。嘔吐しながら漏らす自分の喘ぎ声なぞ誰が聞きたいものか。それでも無理矢理飲ませられたものをそのままにしておくことの方が余程ぞっとせず、ベルナルドはまた二本の指を食んで喉をこじ開けた。
「ぐっ……う、あ、はっ、……は、」
 頭がぐらりと揺れた。酸素が足りないのかも知れない。
 便器の隣に据えつけられた洗面台の蛇口に唇をつけ、大量に水を飲んだ。そんなことをしながらまだ自分が呼吸できていることが信じられない。
 そうやって一旦胃を満たし、みたび自分の指を飲み込む。水を飲んだ分だけ吐き出すのは時間がかかった。今度こそ全てきれいに吐き出せただろうか。胃の中は空っぽになっただろうか。
 膝に力が入らなくなって、ベルナルドはそのまま横へ倒れ込んだ。床の冷たさと硬さが粗末な囚人服を素通りして伝わってくる。汚れた指と口の周りを袖で強く拭った。
 懲罰房は真っ暗だった。ただの部屋の暗闇なら、そのうちに目が慣れてぼんやりと周囲を視認できるようになるが、この部屋は光と音を完全に遮断するように作られている。いくら待ってもなにも見えず、小さな物音も聞こえない。目を閉じても開いても、見えるものは変わらない。
 じっとしていると、自分が立っているのか寝そべっているのかがわからなくなってきた。上下左右がわからない。天は地は、東は西は。デイバンは、ボス・アレッサンドロはどの方向にいるのだろう。
 背中をまるめ、膝を抱えた。そうしないと足の先がどこにあるのかわからなくなってしまいそうだった。身体がかたかたと小さく震えていることには気づかないふりをする。ひゅうひゅうと、覚束ない呼吸の音だけが聴覚に届いた。
 もうなにも考えるな。感覚を研ぎ澄ませばその分だけ恐怖が押し寄せてきて潰れてしまう。
 意識を強引に撹拌させながら、もし今誰かがこの扉を開けたならその人物には後光が差して見えるのだろうと、つまらないことを、思った。

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