みどりの風

まこ←はる

 彼の匂いが好きだ。例えるならば草原を吹き渡る風のような匂い。
 小さな港町で共に過ごし生きてきたのに、真琴からは他の誰からも感じない特別な匂いがする。潮の匂いではない。森の匂いでもない。あたり一面が真っ青に広がるようなただただ晴れ渡る風景の中で、大きく通り過ぎて包み込む風のようだった。そこには荒れ狂う海や鬱蒼とした森は存在しない。ひたすらにあたたかく、穏やかで、優しい。
 そんなこと、他の誰からも聞いたことはないし、遙から話したこともない。だからもしかしたらこの真琴の匂いも遙の勘違いなのかもしれなかった。
 けれど正しいか間違いかは遙にとってはどうでもいいことで、確認をする気もない。真琴が近くにいると特別な匂いがして、そのことにほっとする。それは、遙だけが知っていればいいことだった。
「あ、」
 不意に真琴が遙の肩に顔を寄せ、すんと鼻を鳴らした。
「ハル、なんかいつもいい匂いするよね」
 なんでもないことのように言って確かめるように目を閉じ、うんうんとひとり頷いている。
 そんなものがあるだろうかと手首のあたりを嗅いでみたけれど、なんの匂いもしなかった。訝しむように首を傾げても、真琴はにこにこと満足げだ。
 真琴が言うのがどんな匂いなのか、遙にはわからない。ただ、遙が真琴のそれに感じるような心地のよさがあればいいと思った。

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