膝枕
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「…………ねえ、ハル」
真琴がおそるおそるといったふうにそう声をかけたのは、その体勢になってからたっぷり十五分は経ってからだった。それまで黙っていたのは不満がないからだ。ただ、不満はなくても、疑問はある。
「一応訊きたいんだけど、それ、気持ちいいの?」
頭上で風鈴がちりんとささやかに鳴った。真夏はもう過ぎていて、そういえばこれはいつ仕舞うのだろうかと思う。タオルケットを持ってきた方がいいだろうか。
「なにが」
真琴からは横顔しか見えない遙が口を小さく動かして応えたので、やっぱり寝てなかった、と内心で答え合わせをした。眠っていたら、重さでわかる。
「膝。……硬くない?」
あぐらをかいた真琴の膝の上に、遙の頭が乗っていた。さっきまで少し離れた位置に座って魚料理のレシピを見ていたのに、急に視線を上げたと思ったら側に寄ってきて、そのまま無言で横に倒れてきたのだ。真琴の膝に受けた衝撃と同じ程度のものが遙の頭にもかかっているはずだったが、遙はそのまま動かなかった。真琴は一瞬だけ呆気にとられてから、遙が目を伏せているのをいいことに、真上からじっと見下ろす。塩素で少しだけ傷んだ黒い髪も、日に焼けた頬もいつも通りだったし、言葉よりも雄弁な瞳はいまは見えない。
そうして眺め続けて、十五分。最初こそ遙は眠たがっているのかと思ったが、眠った気配は一向に訪れなかった。
「硬い」
こういうところで正直なのは遙のいいところだ。わかりきっていた答えに笑った真琴の身体が揺れて、その膝に乗っていた遙の前髪が一房、額から重力に従って流れた。
腕を伸ばせば届く位置に座布団があることくらい、遙だって知っているはずだ。言いはしなかったけれど。
「真琴もするか」
遙がぽんぽんと、真琴ほどではないにしろ十分に筋肉のついた自分の膝を叩いてみせる。それはとても魅力的な誘いではあったが、今の状況とどちらがいいかというと選べないし、そもそも遙は言ってはいるものの動きたくないのは明白だった。
「いや、いいよ」
ちりん、とまた風鈴が鳴る。遙は一瞬身じろいで姿勢を直すと、満足したようにまた動かなくなった。
真琴は遙の髪をそっと掬い、さらさらと流して弄った。だってこんな体勢で他にできることなんてなにもない、仕方がないんだ。
次に真琴が声をかけたのは、それから更に十五分経ってからだった。
「……ハル」
もぞ、と膝の上で遙の頭が動いて応える。くすぐったくはない、けれどむずがゆい、落ち着かない。
「やっぱり、俺もひざまくらして」
遙の黒い睫がゆるりと上がり、青い瞳が覗いて真琴を見た。
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