5話で遙が金魚の墓のことを知っていたので
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湿度の高い夕暮れ、ふと庭から見上げた階段の向こうに細く白い煙がちらついた。火事の二文字が頭に浮かんで考えるより先に階段を駆け上がったのは、今日の日付を失念していたからに他ならない。
「ハル!」
息せき切って飛び込んできた真琴を、縁側に腰掛けていた遙が驚いて――他の人からは無表情にしか見えないかもしれないが――見る。
「真琴?」
庭先に積み重ねられた麻の上に炎が踊り、そこから海岸を望む空へと煙が高く高く立ち昇っていた。遙の手前には胡瓜の馬が並び、遙と一緒に炎を見ている。
「……あ、ああ、そうか」
「どうかしたのか」
「ううん、なんでもない」
首を上げて煙の筋を目で追う。火元には風はなかったが、空を見やると雲の流れは存外に速く、ざわついていた。
「おばあちゃん、もう来たかな」
「どうかな。ばあちゃんのことだから、あちこち寄り道してそうだ」
口の端で薄く笑いながら、遙が胡瓜の馬を真琴がいるのとは反対側へ動かした。真琴は庭に入り、空けてもらった縁側に座る。
遙の祖母は真琴にもずいぶんとよくしてくれた。遙にするのと同じように、孫のように接してくれた。もうこちらの世界に着いているだろうか、真琴からは見ることができないけれど、会いにきてほしいと思う。
亡くなった、ものの姿を思い浮かべる。死は真琴のそばにもあった。
両手に生温い水の感触が蘇り、ぞわりと背筋を震わせた。ぬるついた鱗が手のひらに滑った気がして、汗ばんだ手をぎゅうと握りしめる。
「金魚が死んだんだ」
真琴は長く沈黙したあと、ぽつりとそう言った。
「そうか」
遙が短く応える。知っていた。真琴の家の庭にいつも違う花が置かれていることも、玄関の金魚鉢が空であることも知っていたから、推理などしなくてもわかる。ただ真琴はなにも言わなかったし、わかりきっていることをわざわざ訊くこともないから黙っていた。
うん、と真琴が言い、それきり会話は途切れる。
沈みかけた夕陽のなか、蝉の合唱に混ざるぱちぱちと火の粉が飛ぶ音を聞く。煙の奥にちらつく火は、水の中を自由に泳ぐ金魚の姿に似ていた。
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