パラレル。仕事さぼるリーマンまこはる
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「帰りたい」
普段の始業よりも遅い時刻、待ち合わせ場所で待っていた遙は、改札から出てきた真琴が駆け寄ってくるなりそう言った。
「おはよ。まあ、作業自体は楽だからさ」
宥めるように言われ、遙はふいとそっぽを向く。
一日に顧客先訪問が重なったのは偶然だった。午前に一社、午後に一社。仕事上、外出が全くないではなかったが、一日がそれで終わるというのは珍しい。どちらも用件自体は二時間程度で終わる見込みで、移動を含めても余るほどの時間があるのはわかっていた。
「午前が一時間で終わったら」
歩きながら真琴が言う。
「二時間くらいかけてお昼食べるか」
「……コース料理か」
「優雅にね」
「二件目あるだろ」
「まあ、そうだけど」
真冬でも陽のある昼はそれなりに暖かい。ビルの上階である作業場にも、きっと光が降り注いでいることだろう。
遙は外出を嫌がるが、真琴は散歩気分でわりあい好きなほうだった。散歩だけで済むなら最高なのにと呟くと、隣から遙の視線が刺さった。
結局予定外の作業を要求されて、一件目を終わらせるのに三時間かかった。
優雅になどとは言っていられないので、目についたラーメン屋に入る。オフィス街は手早く食べるための店が充実して、食べることには困らない。
次の顧客先へ、電車で数駅移動して改札を出た遙は、顧客先とは別の方向へ歩き出した。
「ちょっ……ハル? そっちじゃない」
「今すぐ行くほど急ぎじゃないだろ。多分この時間じゃまだ待たされる」
確かにこの後の遙たちの作業は、その前段階が終わっていないと着手できないものだった。そしてそれが終わったという連絡はまだ来ていない。
遙はコーヒーショップの中へ迷いなく入り、コートを脱いだスーツ姿で出てきた。
「席空いてたぞ」
しれっと言い放つ。真琴は呆れ気味に笑ってマフラーを解いた。
「給料泥棒だ」
「真琴うるさい」
レジへ向かう遙を追う。いかにも甘ったるそうな新作ドリンクをアピールするポップが、カウンターを彩っていた。
つられて新作を注文し、出されたそれを持って席へ向かうと、ドリップコーヒーに口をつけていた遙がくすりと笑う。
「やっぱり」
「うるさいなあ」
マドラーでホイップクリームをかき混ぜる。いる? とクリームを乗せて差し出したマドラーは、心底嫌そうな表情によって拒否された。
時間を引き延ばすために入ったので、これといってやることはない。ぽつぽつと仕事の話や、仕事に関係のない話をしていたら、机に置いていた真琴の社用携帯が振動で滑り出した。
「はい、橘です」
真琴は座ったまま、口元を覆って小声で応じる。長話をするつもりはないらしい。
「そうですね、今さっき出たところでして……食事したらお伺いします。ええ、七瀬も一緒です。着いたら内線でご連絡しますので。はい、よろしくお願いいたします」
相手は二件目の顧客だろうが、ほとんど一方的に話して真琴は携帯電話を置く。それから遙の視線を受け、にいと口の端を上向けた。
それに対して、ふう、と大袈裟に溜息をついてみせる。
「給料泥棒」
「ハルもね」
ソファに深く座り直してマグカップを手に取った。中身はまだまだ残っている。
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